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- 革新的な医薬品がもたらす多様な価値――小児血液がん診療の変革から考える医療と社会の未来
2026年5月18日、日本製薬工業協会(製薬協)は「製薬協メディアフォーラム」を開催。テーマは「革新的な医薬品がもたらす多様な価値とは -小児血液がん領域を事例に―」である。フォーラムでは、従来の有効性や安全性といった指標を超え、新しい薬が患者の生活や心理、医療現場、あるいは社会全体にどのような多面的な価値をもたらすかが、医師、看護師、患者当事者それぞれの視点から活発に議論された。 治療薬が変えた小児ALL(急性リンパ性白血病)診療 加藤氏 東京大学医学部附属病院小児科教授の加藤元博氏は「治療薬が変えた、小児ALL診療」と題して講演を行った。小児ALLは小児がんの中で最も頻度が高い疾患である。1950〜60年代までは「治らない病気」とされていたが、多剤併用化学療法や、病態の性質を細かく分けて最適な治療を行う「層別化治療」の進歩、さらに副作用を和らげる支持療法の充実により、現在では標準治療で8割以上が治癒を目指せる病気へと劇的な進化を遂げた。 しかし、従来の標準治療(抗がん剤治療)には大きな課題があった。寛解導入や強化療法の期間は、原則として子供たちは約1年間にわたり入院生活を余儀なくされる。複数の強い薬剤を長期間投与するため、患者と家族にかかる身体的・精神的ストレスは極めて重い。ここに登場したのが、分子標的に最適化された「新規モダリティ(二重特異性抗体やCAR-T細胞治療など)」である。集団全体を対象とした対症療法とは異なり、個別化医療を可能にするこれら新薬の登場により、従来型の抗がん剤を減量、あるいは置き換えることで、治療効果を維持・向上させながら、患者の生活を劇的に変えることが可能となった。 看護現場から見た治療環境の変化とケアの高度化 大漉氏 同院の小児科副看護師長である大漉優子氏は、2006年と2026年現在の小児がん診療における看護現場の変遷を語った。 2006年当時は、長期入院が当たり前で、外出や外泊は病院の長期休みに合わせて「長くて3泊程度」しか許されなかった。さらに、かつて多く行われていた放射線治療に伴う皮膚トラブルや、将来的な晩期障害への配慮も必要であった。しかし2026年現在、層別化医療と新規モダリティの導入により、入院開始から約2カ月が経過すれば、治療の合間に「1泊2日」やそれ以上の一時退院を繰り返し、できるだけ自宅で家族と過ごす時間を作れるように変化している。 一方で、二重特異性抗体などの新規モダリティを導入し在宅治療を進めるには、患者や家族がデバイス(投与機器)のメンテナンスや使い方を正しく理解し、管理を自ら行わなければならないという新たな側面もある。看護側にはそれらの自立支援として、CVカテーテル挿入部の消毒や保護、定期的なヘパリンロック(ルート内の血液凝固防止)、入浴介助といった具体的な管理指導を、パンフレットや人形を用いて本人や家族に実施している。 また、最も警戒すべき副作用である「サイトカイン放出症候群(CRS)」への迅速な対応マニュアル整備など、ケアの高度化と体制整備が求められている。 大漉氏は「薬の進化が、患者が家で過ごすための自立支援を促し、看護のあり方も変えた」と、その価値を語った。 患者当事者の視点:日常と夢を取り戻す価値と、医療チームへの信頼 笹氏 フォーラムには、小児ALLを経験した学生の笹 光希氏が患者当事者として登壇した。笹氏は小学校3年生の時にALLを発症して約1年間入院し、その後完治したものの、高校3年生の5月に再発。その再発治療の過程で二重特異性抗体を用いた治療を受けた。 笹氏は、二重特異性抗体を利用して良かった点として、本来なら外に出られず院内で生活しなければいけない時期に外出できたことを挙げた。これにより、高校最後の夏の野球大会にベンチ入りしてランナーコーチを務めることができたほか、文化祭の準備への参加や友人との外遊びなど、高校最後の夏休みに大切な思い出を作ることが可能となった。この時期に外に出られたことは、その後に骨髄移植という大変な治療が控えている中で「治療を頑張ろう」という大きな励みになり、当時の自分にとって極めて意味を持つ出来事であったと振り返る。その後、笹氏は骨髄移植などの治療を乗り越えて無事に退院を迎え、現在は完治して3カ月に一度の通院を続けながら、大学でスポーツや健康科学について学び、留学を果たすなど将来の夢に向けて歩みを進めている。 しかし、治療中は強い不安とも隣り合わせであった。ネットで副作用の情報を調べるうちにこれからどうなるのかという不安が膨んだというが、笹氏は「とにかく人に話をして気持ちを和らげた」と語る。医師や看護師への相談をはじめ、友人に電話をかけたり、小学校3年時の入院から縁のあった院内の保育士に話を聞いてもらうことで、心理的な危機を乗り越えていった。 笹氏にとって、主治医の加藤氏や看護師の大漉氏は「大丈夫だよと言われたら、本当に大丈夫だと思える絶大な安心感がある存在」であったという。後半のパネルディスカッションで笹氏から「患者と接するときに心がけていることは何か」と逆質問が投げかけられると、医療従事者側の誠実な姿勢が明かされた。 大漉氏は「何が心配なのか(病気なのか、学校や生活のことなのか)を確認し、学校のことであれば院内学級の先生と連携する。笹くんの時は『部活の最後の大会に絶対参加させたい』という目標があったため、先生と事前に相談して治療スケジュールを調整した。子供たちには常に正直に向き合う準備をしている」と語り、強固な医療チームの信頼関係が患者を支えていたことが示された。 また加藤氏もこれに応じ、「なんでも大丈夫と言うのではなく、心配しなくていいことと、本当に心配すべきことを丁寧に分かりやすく、何回でも説明する。患者が何を大事にしているかを知らなければ良い治療はできない」と答えた。 ドラッグラグ・ロスを乗り越えるために 後半のパネルディスカッションでは、イノベーションを真に患者へ届けるための社会課題について議論が深められた。 医師の視点から加藤氏が指摘したのは、「小児領域におけるドラッグラグ・ドラッグロス」の深刻さである。現在、海外では初発の小児ALLに対して二重特異性抗体が使われ始めているが、国内では初発向けにはまだ治験段階にあり、現状は主に再発・難治性の症例に対して承認されている状態である。加藤氏は「数年以内に初発にも使えるようラグは縮まりつつある」としつつも、小児ALLのような希少疾患は患者数が年間1,000人程度と少ないため、有効性や安全性を国内で確認するだけで何年もかかってしまう難しさがあると述べた。さらに、子供向けの「用法用量の設定」や「剤形の開発」には手間がかかる一方、市場が小さいため製薬企業の投資回収(採算性)が厳しいという構造的課題もある。 また、在宅治療が可能になる一方で、デバイスの携帯や定期的な通院にかかる時間・負担といった、通院治療ならではの課題への目配りも必要となる。大漉氏からも、年間2,000〜2,500人しか診断されない小児がん全体の希少性を踏まえ、製薬企業に対して「数が少なくても、より早い確実な新薬の販売を期待したい」との要望が出された。 ディスカッションの終盤、加藤氏は医療のあり方の変化について次のように総括した。 「今までは、薬を開発する時に『良くなるのか良くならないのか』『合併症があるのかないのか』ということだけに焦点が置かれ、それを基に承認されてきた。しかし薬が進歩し、単にがんを減らすだけでなく、生活の領域にまで踏み込んだ価値を生み出せるようになった。だからこそ、どの治療にどんなメリットがあり、どんな困り事があるのかを、患者や家族の価値観と一緒に考えていくことが重要な新たなテーマになっている。医師側がベストだと思う治療を押し付けるのではない。目の前にいる、生活している患者や家族を良くしたい、元気にしたいと考えたとき、彼らが何を考えているかを重視し、価値観に沿って治療を選択できる選択肢ができてきている」 吉田氏 これを受け、ディスカッションの締めくくりとして製薬協専務理事の吉田易範氏は、製薬業界が果たすべき役割と決意を語った。 吉田氏は、かつての生活習慣病中心の時代から、現在は難治性疾患や難病へと創薬の対象が広がり、新規モダリティの登場によって個別化医療が可能になっている現状に言及した。そのうえで「新薬がもたらす革新は、その作り方や使われ方を劇的に変えている。従来の対症療法とは異なり、患者の生活(QOL)の向上や医療現場の負担軽減といったトータルとしての価値を創出している。日本国内でこの創薬イノベーションをさらに加速させるためにも、こうした多面的な価値をしっかりと評価する仕組みの構築が必要不可欠である」と、業界の取り組みと社会への働きかけの重要性を強調した。
- 「治療と仕事の両立」を目指して。Johnson & JohnsonがIBD患者を支える「I-BUDDY」ストーリーを始動
近年、日本を含むアジア地域で患者数が増加している「炎症性腸疾患(IBD)」。これは免疫の異常によって大腸や小腸の粘膜に慢性的な炎症を引き起こす病気であり、主に大腸に病変が生じる「潰瘍性大腸炎(UC)」と、消化管全体に連続性のない病変が生じる「クローン病(CD)」の総称である(5)。発症の多くが思春期(6)で下痢、血便、腹痛などの症状(7)を引き起こすことから、学業(8)やキャリア(9)、対人関係の形成(10)など、患者の人生の選択に大きな影響を与える指定難病となっている。 Johnson & Johnson(J&J)は、2025年にIBDとともに生きる患者を支援するための取り組み「Dual Control〜治療と仕事の両立〜」を開始した。そして2026年5月19日、同社はこの活動の第2弾として、新たなプロジェクト「I-BUDDY」ストーリーの始動を発表した。背景には、最新の医療データが示す「治療の重要性」と、実際の「患者の認識」の間にある大きなギャップが存在している。 最新データが実証する「内視鏡的寛解」の重要性 2026年5月に開催された国際学会「Digestive Disease Week(DDW)2026」において、IBD治療に関する極めて重要な最新データが発表された。大腸内視鏡検査において、腸の粘膜に活動性の病変(炎症など)が認められない状態を「内視鏡的寛解(または粘膜治癒)」と呼ぶ。この状態を達成することが、将来的なリスクを劇的に下げることが明らかになった(3)。 UC患者の場合、内視鏡的寛解を達成することで症状悪化のリスクが68%低下し、手術が必要となる可能性も4分の1に抑えられる(2)。また、CD患者の場合においても、症状悪化のリスクが41%低下し、手術の必要性が約3分の1に減少するほか、ステロイド薬の使用量低減にもつながることが示された(1)。このように、単に「おなかの痛みが引いた」「便の回数が減った」という目に見える症状の改善にとどまらず、腸の粘膜そのものをしっかり治す「内視鏡的寛解」が、長期的な安定において非常に重要なゴールとなる。 浮き彫りになった「認識のギャップ」 しかし、データがその重要性を証明する一方で、衝撃的な事実も明らかになった。ある調査によると、最も多く大腸内視鏡検査などを受けているにもかかわらず、IBD患者の60%以上が「粘膜治癒(内視鏡的寛解)」という言葉自体を「聞いたことがない」と回答したのである(2)(3)。 医療の現場が進める「一歩進んだ治療ゴール」が、それを必要とする患者にまだ十分に届いていない。この認識のギャップを埋めるためには、医師と患者が治療の目的や意味をしっかりと共有し、一緒に治療方針を決めていく「共有意思決定(Shared Decision-Making: SDM)」が不可欠だ。 新たな取り組み「I-BUDDY」ストーリーとは? こうした現状を受け、J&Jは前述の「Dual Control〜治療と仕事の両立〜」をさらに一歩進め、今回の「I-BUDDY」ストーリーを開始した。 このプロジェクトでは、主治医や看護師といった医療従事者、そして家族や友人など、患者を近くで支えるさまざまな“バディ(相棒)”との連携にスポットを当てる。実際にバディたちと協力し合いながら、どのように治療と仕事を両立させているのか、リアルなストーリーを患者向け資材として展開していく予定である。互いに寄り添う気持ちがあれば、全ての人はバディになることができる。 ストーリーを通じて、患者がより深いレベルでの疾患コントロール(内視鏡的寛解)を目指すきっかけをつくるとともに、周囲の理解を深めることで、一人ひとりが自分らしい生活や働き方を実現できるよう後押ししていくことを目指している。現在、日本国内には約31万人のUC患者と、約9万人のCD患者がいると推定されている(11)。もし自身や大切な人がIBDと向き合っているなら、次の診察の機会に、ぜひ主治医と「寛解のゴール」について言葉を交わしてみてはいかがだろうか。 5月19日は「IBDを理解する日」という記念日である。この節目にあたり、これから医療の担い手となる薬学生の皆さんにも、IBDという病気や患者が置かれている現状について深く知ってほしいと願っている。将来、薬剤師として服薬指導を行う際には、単に目の前の症状を抑えるだけでなく、患者が「内視鏡的寛解」という真の治療ゴールを目指せるようしっかりと並走することが求められる。そして、患者が学業や仕事と治療を高いレベルで両立していけるよう、医療の現場から支える心強いバディの一人に、薬学生の皆さんがなってくれることを期待している。 関連ウェブサイト:IBDとはたらくプロジェクト 参考文献 1 Truyers, C., Naessens, D., Sanon, M., Wu, E., Kwong, J. and Adsul, S. (2026) 'Long-term clinical outcomes, IBD-related surgery, and corticosteroid use in patients with Crohn's disease in endoscopic remission: a retrospective cohort analysis from the Crohn's & Colitis Foundation database', poster presented at Digestive Disease Week (DDW) 2026, Chicago, IL and online, 2–5 May. Abstract no. Sa1521. 2 ruyers, C., Naessens, D., Sanon, M., Wu, E., Kwong, J. and Adsul, S. (2026) 'Impact of endoscopic remission on long-term outcomes and IBD-related surgery in patients with ulcerative colitis: a retrospective cohort analysis from the Crohn's & Colitis Foundation database', poster presented at Digestive Disease Week (DDW) 2026, Chicago, IL and online, 2–5 May. Abstract no. Sa1521. 3 Rubin, D.T., Sninsky, C., Siegmund, B., Sans, M., Hart, A., Bressler, B., Bouhnik, Y., Armuzzi, A. and Afzali, A. (2021) 'International perspectives on management of inflammatory bowel disease: opinion differences and similarities between patients and physicians from the IBD GAPPS survey', Inflammatory Bowel Diseases, 27(12), pp. 1942–1953. doi: 10.1093/ibd/izab006. 4 Wood, D.W., Treiman, K., Rivell, A., van Deen, W.K., Heyison, H., Mattar, M.C., Power, S., Strauss, A., Syal, G., Zullow, S. and Ehrlich, O.G. (2025) 'Communicating information regarding IBD remission to patients: evidence from a survey of adult patients in the United States', Inflammatory Bowel Diseases, 31(6), pp. 1605–1615. doi: 10.1093/ibd/izae201. 5 Crohn's & Colitis Foundation (n.d.) 'What is IBD?'. Available at: https://www.crohnscolitisfoundation.org/patientsandcaregivers/what-is-ibd (Accessed: 4 September 2025). 6 Rosen, M.J., Dhawan, A. and Saeed, S.A. (2015) 'Inflammatory bowel disease in children and adolescents', JAMA Pediatrics, 169(11), pp. 1053–1060. doi: 10.1001/jamapediatrics.2015.1982. 7 SingHealth. (n.d.). Inflammatory bowel disease – Conditions & treatments. Available at: https://www.singhealth.com.sg/symptoms-treatments/inflammatory-bowel-disease (Accessed: September 4, 2025) 8 Giga A, Pappa D, Manthou P, et al. Psychological Impact of Inflammatory Bowel Disease on University Students: A Systematic Review. Cureus. 2024;16(4):e59176. Published 2024 Apr 27. doi:10.7759/cureus.59176 9 Marri, S.R. and Buchman, A.L. (2005) 'The education and employment status of patients with inflammatory bowel diseases', Inflammatory Bowel Diseases, 11(2), pp. 171–177. doi: 10.1097/00054725-200502000-00011. 10 Marri, S.R. and Buchman, A.L. (2005) 'The education and employment status of patients with inflammatory bowel diseases', Inflammatory Bowel Diseases, 11(2), pp. 171–177. doi: 10.1097/00054725-200502000-00011. 11 Tsutsui, A., Murakami, Y., Nishiwaki, Y. et al. Nationwide estimates of patient numbers and prevalence rates of ulcerative colitis and Crohn’s disease in Japan in 2023. J Gastroenterol 60, 1513–1522 (2025). https://doi.org/10.1007/s00535-025-02295-z, Accessed on 6 January 2026.
- 【スタートアップ番外編】「理想の薬剤師像」を追い求め、キャリアを重ねて人材育成のリーダーに
株式会社NSS調剤事業部長 小林北斗(こばやし・ほくと) 地域密着型の調剤薬局での経験を経て、現在は新設された薬局の立ち上げや経営に参画し、株式会社NSSの調剤事業部長として活躍する小林北斗さん。管理薬剤師や在宅業務の最前線を歴任し、2024年の開局から2年、組織を牽引するリーダーとして邁進している。これまでの歩みで直面した壁、対人業務の本質、そしてこれからの薬局業界を担う薬学生へのメッセージを聞いた。 人見知りを克服した大学時代と、薬局薬剤師への決意 小林さんが薬剤師を目指したきっかけは、中学生時代に母親から「理科が得意なら薬剤師に」と声をかけられたことだった。しかし、大学進学を控えた高校3年生の時、「薬剤師は接客業。人見知りの自分にはやれないぞ」と大きな不安に直面する。この弱点を克服するため、大学の6年間はファミリーレストランのホールでのアルバイトに心血を注いだ。顧客たちとの会話を通じて言葉遣いやコミュニケーションを学び、人見知りを克服していった。 大学時代の実務実習も大きな転換点となった。最初の病院実習で「患者さんと話す時間を少し長く欲しい」と指導薬剤師に直訴し、入院から退院まで一貫して患者を担当する経験を得る。その後の薬局実習では、指導薬剤師の「薬局は長い目で見ないとダメよ」という言葉に視界が開けた。「患者さんの生活背景まで見て、療養生活をサポートできるのは薬局薬剤師ならでは」と確信し、大手チェーンではなく、患者と一対一でじっくり向き合える中小規模の調剤薬局への入社を決める。 キャリア初期に直面した「最大の壁」と、泥臭くつかんだ信頼 入社後は着実にキャリアを積み、2年目の夏には新店の立ち上げを経験。その後、会社のM&Aに伴い、管理薬剤師(店長)として縁のなかった他店舗へ異動することになった。当時まだキャリア2年目でありながら、部下は全員が年上という状況。「自分が何かをしていないと、サボっているように見られてしまうのではないか」というプレッシャーと闘いながらのスタートだった。 この壁を乗り越えるため、小林さんは徹底的に愚直な姿勢を貫いた。「とにかく店長として頑張っている姿を背中で示そうと思い、誰よりも早く出勤し、誰よりも遅く帰るという生活を1年ほど続けました」 泥臭く行動で示し続けることで周囲からの真の信頼を勝ち得た小林さんは、その後、施設6軒、個人在宅約80軒という膨大な在宅業務を主導。多職種連携の最前線で圧倒的な実績を積み上げていった。 中小薬局の課題を解決する「研修事業」への挑戦 2024年に大学の同期(現代表)と共に「あさつき薬局」を開局した小林さんは、現在、自社・他社の新卒薬剤師を対象とした研修事業の責任者としても手腕を発揮している。「大手と違い、中小規模の薬局は新卒を採用しても、1年間の教育プログラムを自社で組むのが難しい」という業界共通の課題に着目し、同社の強みを生かした外部向けの研修パッケージとして展開しているのだ。 あさつき薬局 小林さん自身、前職時代に「勉強が大好きな上司」からマンツーマンで指導を受け、1年目から研修のサポートに入っていた経験が、現在の指導のルーツになっている。 研修は単発ではなく、1年をかけて月1〜2回のペースでじっくり実施される。市販のテキストをベースにしながらも、小林さんの研修では「教科書には載っていない実践的な予備知識」をプラスして伝えることで、生きた知識のインプットを促している。カリキュラムは4月の「調剤報酬の基礎」から始まり、5月からは「薬歴の書き方(SOAP形式)」、そして循環器、糖尿病、感染症といった主要な疾患を月替わりで網羅していく。 指導において小林さんが最も重視しているのは、単なる薬の暗記ではなく、生涯のベースとなる「思考法」の構築だ。 「1年目の若手は吸収力が非常に高いため、最初に一つの分野に偏るのではなく、まずは医療全体を『広く浅く』俯瞰させることを大切にしています。また、薬剤師は分からないことがあると『添付文書』ばかりを見がちですが、医師と同じ視点を持って医療を提供するためには、各種疾患の『ガイドライン(治療指針)』を読み解くことが必須です。研修では意識的にガイドラインを引く習慣をつけさせています」 多くの若手を見てきた小林さんが語る「伸びる若手」とは、周囲の目を気にせず、自身の成長のために素直に質問ができる子だという。「同期がいる環境でも、変なプライドを捨てて『こんなこと聞いていいのかな』と思うような基礎的な質問をぶつけてこられる子は、成長が圧倒的に早いです。そうした若手が、将来的に薬局の古いルールに『新しい風』を吹かせてくれると期待しています。1年目に学んだベースは一生残るからこそ、強い責任感を持って指導しています」 薬学生へのメッセージ 最後に、これからの業界を担う薬学生に向けて熱いメッセージをくれた。「学生のうちに『理想の薬剤師像』をしっかりと描いておいてほしい。現場に出ればギャップや理想との差に直面するのは当然ですが、なぜ目指した姿にたどり着けないのか、その要因を純粋に分析できるのは社会人1年目の特権です。その理想の軸がないと、勤め先や会社の選び方自体がブレてしまいます」 さらに、学校の勉強以外にも接客業のアルバイトを経験することを勧める。「忙しい時の優先順位の付け方やイレギュラーへの対応力、どんな状況でもブレない心の余裕は、一朝一夕ではいかず、長い期間をかけないと身につかないものです」 自身が思い描いた理想を、今や指導者として体現している小林さんの言葉は、未来の薬剤師たちへの確かな道標となるはずだ。
- 知的能力だけではない!約60年の東大データが証明する「体力」と「将来の年収」の意外な相関関係
受験や就職活動、あるいは日々の仕事において、私たちはどうしても知識や思考力を鍛える「知的能力」ばかりに目を向けがちである。しかし、「勉強や仕事において重要なのは知的能力だけなのか」という問いに対し、非常に興味深いデータが明らかになった。 東京大学で約60年にわたり実施されてきた体力調査の追跡データ(UTFS)によると、学生時代に体力が高い学生ほど、卒業後の活動量が多く、精神的な不調が少ないだけでなく、驚くことに「卒業後の年収も高い傾向」にあることが確認されている。 現代の若者に迫る「運動機能の低下」という危機 東京大学では、実技授業の一環として入学時(4月)と1年終了時(12月)に「垂直跳び」「反復横跳び」「腕立て伏せ」「踏み台昇降」「身長」「体重」の測定を行っている 。 その約60年分のデータ(2026年時点)を紐解くと、体格(身長・体重)そのものに大きな変化は見られないものの、男女ともに「身体を動かす基礎能力」である跳ぶ力、支える力、持久力が低下していることが分かった 。 ・男子の傾向:1980年代後半以降、垂直跳びや腕立て伏せが低下傾向にある。 ・女子の傾向:男子と同様の低下傾向にあり、特に「腕立て伏せ」の能力が2025年に大幅に落ち込んでいる。 生活の利便性向上や屋外で身体を使う機会の減少といった生活様式の変化に加え、近年のコロナ禍の影響も重なり、若い世代の運動機能が全般的に弱くなっている可能性が懸念されている。実際、大正製薬株式会社が2026年4月に18〜29歳の男女1,000人を対象に行った調査では、「運動をまったくしていない」と答えた人が44.6%と最多を占めており、若者の深刻な運動不足が浮き彫りになっている。 監修:東京大学名誉教授の八田秀雄氏 なぜ「体力」があると仕事のパフォーマンスや年収が上がるのか? 勉強や仕事で安定して高いパフォーマンスを発揮し続ける人は、健康な身体と体力を持ち合わせていることが多い。 運動によって脳への血流が促進されれば、集中力や思考力の維持につながる。さらに、適度な運動は自律神経のバランスを整え、ストレス軽減や睡眠の質を向上させるため、心身の状態を整えることができる。つまり、体力がある人は忙しさや負荷がかかる過酷な状況でも気力や集中力を保ちやすく、困難な場面でも粘り強く取り組みやすいと考えられるのである。体力づくりは「空いた時間に行うもの」と後回しにされがちだが、実際には学びや仕事を支える土台であり、知的能力と同じくらい重要な要素に他ならない。 無理なく続ける運動のコツと、知っておくべき「栄養知識」 体力を高めるために、最初から長時間あるいは高強度の運動を行う必要はない。運動の効果は「強度」と「休息」のバランスが重要であり、過度な負荷はかえって継続を難しくすることもある。従来運動習慣がなかった人にとっては、「週1回」の運動でも継続すれば十分に意味があり、日常生活の中で「歩く時間を増やす」「階段を使う」といった小さな活動量を増やすことから始めることが大切である。 また、運動の効果を引き出し、無理なく継続するためには「食事と栄養」の管理も欠かせない。大正製薬の意識調査では、運動時に「水」や「お茶・無糖飲料」「スポーツドリンク」などの水分補給、あるいは「プロテイン飲料」を意識する人は上位を占めているものの、その他の重要な栄養素への意識や知識はまだ浸透していない現状が見て取れる。 無理なく運動習慣を続けるために、以下の栄養素を日々の食事(主食・主菜・副菜のバランスが基本)にプラスして意識することが推奨される。 ・タウリン:魚介類に多く含まれ、体内環境を整える働きがある。運動前の摂取でランニングパフォーマンスが向上したという研究報告もあり、運動後の疲れをできるだけ残したくない人にもおすすめの栄養素である。 ・糖質:運動時における重要なエネルギー源である。主食を極端に減らすと力が出ないだけでなく、集中力低下や疲れやすさにつながる。 ・たんぱく質:筋肉や血液、酵素などの材料であり、運動によって負荷がかかった身体の修復・回復を支える。軽い運動であっても、習慣として続けるための身体機能を保つ基礎として大切である。 ・鉄:ヘモグロビンの材料となり、全身に酸素を運ぶ役割を担う。不足すると疲れやすさや持久力の低下を招くため、特に月経や食事制限で不足しやすい若年女性は意識したい栄養素である。 ・ビタミンB群:糖質やたんぱく質、脂質をエネルギーに変換する際に不可欠な栄養素である。どれだけエネルギー源をとっていても、ビタミンB群が不足するとうまく使えず、だるさや集中力低下につながる。 未来の自分への投資:学生時代から築く最強の資本 日々の勉強やレポート、アルバイト、そして将来の就職活動など、目前のタスクに追われていると、どうしても運動や食事は後回しになりがちである。しかし、提示されたデータが示す通り、学生時代に培う体力や健康な身体は、将来社会に出てから自分らしく、そして粘り強く活躍し続けるための「最強の資本(土台)」となる。 UTFSによると、学生時代に体力が高かった人ほど、卒業後も活動量が多く、精神的不調で医療機関にかかる人が少ない傾向がみられている。さらに、社会的活動にもより前向きで、年収も高い傾向が確認されている。これは、体力が日々の生活や仕事を支える基礎的な力として働いている可能性を示している。体力がある人は、忙しさや負荷がかかる状況でも気力や集中力を保ちやすく、困難な場面でも粘り強く取り組みやすいと考えられる。 学生時代の運動経験も重要であるが、それ以上に大切なのは、生涯を通じて身体を動かす習慣を持ち続けることである。青年期に運動をしていてもその後にやめてしまうより、成人後も運動習慣を維持することのほうが大きな意義がある。より良い生活を送るためには、どのようなタイミングから始めても決して遅すぎるということはない。過去の運動歴にとらわれず、まずは「エレベーターではなく階段を使ってみる」「歩く時間を少し増やしてみる」といった、日常生活における無理のない範囲から少しずつでも身体を動かし続けることが重要である。しっかりとバランスの良い食事をとり、未来への投資として運動習慣を始めることが、将来の可能性をどこまでも広げてくれるはずである。
- 【大阪医科薬科大学】再発膠芽腫を対象としたBNCTの第Ⅲ相医師主導治験計画届を提出
大阪医科薬科大学は、悪性度の高い神経膠腫に対する新たな治療選択肢の確立を目指し、「再発膠芽腫(こうがしゅ)を対象とするBNCT(ホウ素中性子捕捉療法)の第Ⅲ相医師主導治験」の治験計画書を提出した。 同治験は、ステラファーマ株式会社が提供するボロファラン(10B)(SPM-011)と、住友重機械工業株式会社製のBNCT用中性子照射装置(BNCT30)およびBNCT用治療計画プログラム(DE-01)を用いて実施される第Ⅲ相試験である。 治験の背景と目的 膠芽腫は、神経膠腫(こうしゅ)の中で最も悪性度が高く、特に再発した場合は治療の選択肢が限られ、依然として予後不良な疾患とされている 。 BNCT(ホウ素中性子捕捉療法)とは、がん細胞に選択的に取り込まれるBNCT用ホウ素薬剤を投与した後、体外から低エネルギーの中性子を照射することで、がん細胞を選択的に破壊することができる新しいがん放射線治療法である。同治験では、放射線療法およびテモゾロミドによる治療歴のある再発膠芽腫(IDH遺伝子野生型)の患者を対象に、BNCTの有効性および安全性を検証し、臨床効果を明らかにすることを目的としている。 治験の概要 同治験における対象疾患は「再発膠芽腫(IDH遺伝子野生型)」であり、放射線療法およびテモゾロミドによる治療歴のある患者を対象として、SPM-011、BNCT30・DE-01を用いたBNCTの臨床効果を検証する。 実施施設は同大学の有する2つの拠点が連携し、大阪医科薬科大学病院が被験者の登録・割付、評価観察、生存調査を担い、大阪医科薬科大学 関西BNCT共同医療センターが治験薬の投与およびBNCTの施工を担当する。同治験の契約期間は2030年6月30日までとされており、詳細な治験情報については、jRCT(臨床研究実施計画・研究概要公開システム)に掲載された後に記載される予定である。 なお、今回の発表は同治験への参加者募集や受診勧奨を目的とするものではないと同大学は説明している。
- 【日本イーライリリー】2025年度売上高が過去最高を更新ー3年連続の2桁成長を達成し、2030年のリーディングカンパニー獲得へ
日本イーライリリー株式会社 代表取締役社長 シモーネ・トムセン氏(右)、同 取締役 シニアバイスプレジデント 研究開発・メディカルアフェアーズ統括本部 ヤンピン・ワン氏(左) 日本イーライリリー株式会社は、2025年度の売上高が前年比25%増の2,760億円となり、過去最高を更新したことを発表した。同社はこれで3年連続の2桁成長を達成しており、この力強い成長を牽引したのは、全売上高の57%を占める新製品および成長製品群である。 2025年度の主要な承認と新製品の上市 2025年は、患者の治療選択肢を着実に拡大させた年であった。主なトピックスとしては、肥満症治療薬「ゼップバウンド®」の上市に加え、ヒト化抗ヒトIL-23p19モノクローナル抗体製剤「オンボー®」のクローン病に対する適応追加承認や、抗悪性腫瘍剤「ジャイパーカ®」の承認取得などが挙げられる。さらに、アルツハイマー病治療薬「ケサンラ®」の新用法・用量への変更承認や、乳がん治療薬「イムルリオ®」の国内製造販売承認取得など、幅広い領域で革新的な医薬品を提供している。 供給体制の強化と西神工場への巨額投資 将来の製品や需要拡大を見据えた供給体制の強化も加速している。特に兵庫県神戸市の西神工場に対しては、2026年3月に追加で200億円を投資することが決定された。この投資により、2028年にかけて新規生産ラインの導入やプロセスの自動化、デジタル化が計画されており、安定供給に向けた基盤がさらに強固なものとなる見込みである。 開発後期の有望なパイプライン 研究開発においては、新薬開発プロジェクト数が過去最多を記録し、強固なパイプラインが進展している。現在、国内では多くの薬剤が開発の最終段階にあり、アルツハイマー病を対象とした「ドナネマブ」や、代謝機能障害関連脂肪性肝疾患を対象とした「チルゼパチド」、さらに経口の肥満症・糖尿病治療薬として期待される「オルホルグリプロン」などが開発後期にある。 2030年に向けたリーディングカンパニーへの道 同社は2025年に日本法人創立50周年を迎え、グローバルでは2026年に創立150周年という大きな節目に立つ。代表取締役社長のシモーネ・トムセン氏は、2030年までに日本における製薬業界のリーディングカンパニーとなるビジョンを掲げている。同社は、認知症や肥満症といった、偏見や誤解により医療アクセスに課題があるとされる疾患を取り巻く社会環境の改善にも注力しており、最先端の科学を通じて人々の健康寿命の延伸に貢献し続ける姿勢を示している。 150周年を迎えた日本イーライリリー
- 次世代の創薬リーダー輩出へ:立命館大学薬学部とタカラバイオが教育・研究で協力関係を構築
左から宮村氏、北原氏 立命館大学薬学部とタカラバイオ株式会社は、2026年4月22日に教育および研究の連携・協力に関する協定を締結した。両者は滋賀県草津市に拠点を置く地理的利点を生かし、顔の見える距離で強みを持ち寄ることで、再生医療や遺伝子治療といった次世代医療を支える高度人材の育成を推進する。 産学連携による高度人材育成の強化 本協定は、革新的なバイオ技術の開発を通じて人々の健康に貢献するというタカラバイオの理念と、次世代医療を担う高度専門人材の育成を目指す立命館大学薬学部の理念が一致したことにより締結された。両者が有する研究基盤や人材ネットワークを有機的に結びつけることで、基礎研究から社会実装までを見据えた創薬基盤技術の発展と社会還元の加速を図る方針だ。 具体的な教育支援として、インターンシップ型科目「薬学キャリア演習」が実施される。学生は同社の施設において、再生医療等製品やワクチンの製造プロセス、関連する規制、品質管理の考え方などを学び、実習を通じて実践的に体験する機会を得る。これにより、医薬品創出を支える多様な専門職の役割を理解し、学生自身の主体的な学びとキャリア形成意識の向上につなげることが期待されている。 将来の医療変革を見据えた取り組み 再生医療や遺伝子治療は、がん免疫細胞療法やiPS細胞を用いた技術の実用化により、医療の変革が現実のものとなりつつある。立命館大学薬学部長の北原亮氏は、今後10年を見据えた際に、この分野で高度な専門性を持つ薬剤師や研究者を育成することは重要な社会課題であると指摘した。また、タカラバイオ代表取締役社長の宮村毅氏は、大学と企業が連携して先端医療の社会実装を支える人材を育成することは、企業としての重要な役割であると強調している。 連携・協力の主な内容 本協定に基づき、両者は教育および研究活動を目的とした人材交流や、講義・セミナー等のイベント開催に取り組んでいく。さらに、共同研究の実施や研究成果の普及・活用についても、今後の協議を通じて検討が進められる予定である。 これらの活動を通じて、最先端の医療領域において国際的にも活躍できる次世代リーダーの輩出に寄与し、人々の健康と持続可能な社会の発展に貢献することを目指す。
- 泉州メディカが挑む「地域循環型フレイル予防」主観と客観のギャップから始まる、健康寿命延伸への新たなアプローチ
和田さん 少子高齢化が加速する現代、薬局の果たすべき役割は劇的な変化を遂げている。一般社団法人泉州メディカ理事長の和田憲周さん(外来がん治療専門薬剤師、漢方・生薬認定薬剤師、スポーツファーマシスト)は、運営する8つの薬局全てを「健康サポート薬局」として届け出、地域の健康寿命延伸に向けた独自のフレイル予防プロジェクトを推進している。 ■ 薬局の「独自性」と「可視化」への挑戦 プロジェクトは2025年6月に本格始動した。その根底には、地域住民との関わりの中で健康寿命を延ばすきっかけをつくりたいという情熱と、大手チェーンにはない中小薬局ならではの「独自性」を打ち出したいという戦略的意図がある。最大の特徴は、単なる測定会に留まらず、活動を「可視化」し、地域全体を巻き込んだ循環型モデルを構築している点にある。 ■ 測定会の実態:対話とデータによる現状把握 測定会は薬剤師の業務状況やスペースを考慮し、店舗のみならず地域の公民館も活用して実施される。1回あたり2〜3時間、20〜30名程度の定員を設け、一人ひとりに丁寧に対応できる体制を敷いている。 会の冒頭では「フレイルとは何か」という趣旨説明を行い、参加者の意識を高める。評価は多角的だ。主観的評価として日本老年学会の「基本チェックリスト」等を用いたアンケートを実施し、本人の認識を把握する。並行して、体組成、歩行速度、握力といった客観的な数値を測定し、認識と実態の乖離を確認する。 測定会の様子 ■ 2026年、地域を支える「寄付の循環型モデル」の進化 この取り組みは健康管理に留まらず、社会貢献へと直結している。測定会の参加者1人につき500円を法人が拠出し、地域の子ども食堂やフードバンクへ寄付する仕組みを導入しているが、2026年(今年)からはこの連携をさらに深化させる予定だ。寄付を受けた団体が次回の測定会の集客を支援するなど、薬局単独ではない地域一体となった活動への発展を目指している。住民が参加すること自体が地域貢献になり、その支援が巡り巡って住民の健康を守る場を広げる。この「良好な循環」こそが、地域包括ケアシステムの一助となる。 ■ 個別フィードバックと「スモールステップ」の提案 プロジェクトが最も重きを置くのは、後日に薬局で行う個別のアドバイスである。薬剤師は測定結果に基づき、主観と客観のズレを丁寧に解説する。「自分は大丈夫」と過信していた者にリスクを提示し、逆に過度な不安を抱く者には安心を与えることで、心理的な行動変容を促す。 アドバイスの際は、画一的な目標を押し付けない。歩行が困難な者には「まずは1,000歩から」といった、生活背景に即した「スモールステップ」を提示する。この達成感の積み重ねが、確実な行動変容へと繋がっていく。 ■ 学術的エビデンスの構築:薬学的知見を社会の指標へ 和田さんは、現場の活動をエビデンスとして社会に認めてもらうため、学術的裏付けを極めて重視している。大阪大谷大学薬学部の倫理審査を経てアンケートデータを収集・分析するなど、緻密な調査体制を整えてきた。今回の測定会では、お薬手帳の情報を活用し、睡眠薬などの特定薬剤の服用と転倒リスクの相関関係についても詳細な分析を進めている。単なる運動機能の測定に留まらず、薬物療法とフレイルの関係性を解明しようとするこの試みは、地域医療における薬剤師の専門的価値を客観的に証明する重要なステップといえる。 また、現在は大学院にも籍を置き、より高度な視点から研究を続けている。 一方で、今後の課題も明確だ。現在の参加者の8〜9割が女性であり、地域参画の意識が薄くなりがちな男性高齢者をいかに巻き込んでいくかが焦点となっている。口コミなどを通じて、外出を億劫に感じている層へいかにリーチするかが、プロジェクトの次なる課題だ。 ■ 信頼される薬剤師を目指して 和田さんは、次代を担う薬学生に対し、単に「薬を渡す人」に留まってはならないと強く訴える。超高齢社会の最前線で求められるのは、確かな薬学的知識という土台の上に、患者の生活背景や孤独、時には経済的な不安までをもくみ取り、多職種と連携して「暮らしと命」の双方を支える力だ。 現場で向き合うのは「病気」ではなく、血の通った「人間」である。だからこそ、和田さんは「知識や技術は後からでも学べるが、誠実さや人に寄り添う姿勢は、日々の歩みの中で自分自身で育て続けなければならない」と、内面を磨くことの重要性を説く。 また、国家試験という大きな壁を乗り越えた先に待っているのは、安泰な日々ではない。「薬剤師免許の取得はゴールではなく、そこからが本当のスタートである」と言い切る和田さんの言葉には、プロフェッショナルとして一生学び続ける覚悟が込められている。 2040年を見据え、オンライン診療やAIの活用が当たり前となる激動の時代がすぐそこまで来ている。だからこそ、変化を恐れず、目の前の患者に対して当たり前のことを当たり前にやり抜く。その真摯な姿勢を持ち続けることこそが、地域医療の未来を切り開く唯一無二の鍵となるだろう。
- 及川光博さんが「寄り添う人」としてGADを啓発、ヴィアトリス製薬が新TVCMを放映開始
ヴィアトリス製薬合同会社は、俳優・ミュージシャンの及川光博さんを起用した新TVCM「不安症」篇および「眠れない夜」篇を制作した。CMは、全般不安症(Generalized Anxiety Disorder、以下GAD)の啓発を目的としており、2026年5月18日から関西エリアで放映が開始される。また、5月11日からJR東日本の「TRAIN TV」や東京メトロの「Tokyo Metro Vision」でも広告展開が予定されている。 GAD(全般不安症)への理解を深める取り組み GADは、慢性的にコントロールしづらい不安や心配が続き、日常生活や仕事に影響を及ぼす疾患である。日本ではまだ広く知られていないこの疾患を自分ごととして捉えてもらうため、CMでは童話『三匹の子ぶた』をモチーフにした親しみやすいパペットたちが登場する。日本におけるGADの生涯有病率は2.6%と報告されているが、最近の研究では疑いを含む有病率が7.6%にのぼるとされており、決して珍しい病気ではない。本キャンペーンは日本不安症学会の監修を受けており、正確な情報発信と適切な相談行動の後押しを目指している。 CMで描かれる日常の不安と症状 「不安症」篇では、オオカミが次から次へと膨らんでいく不安を語る姿を通じて、GADの症状の一つである不安感を描いている。これは、単なる気分や性格の問題ではなく、相談したほうがよい症状かもしれないことを伝える内容となっている。 一方、「眠れない夜」篇では、子ぶたが寝る前になると不安が次々と浮かび、眠れなくなってしまう様子が描かれている。不安が静かな時間に膨らみやすいことや、本人にとって切実な悩みであることを、親しみやすい会話劇の中で表現している。日々の不安や心配が続いていても「自分が心配性なだけ」と受け止めてしまいがちだが、GADは眠れない、落ち着かない、疲れやすい、集中しづらいといった具体的な影響を日常生活に及ぼす疾患である。 及川光博さんが演じる「寄り添う人」 メッセンジャーとして起用された及川光博さんは、不安を抱えるパペットたちの声にやさしく耳を傾ける「寄り添う人」として登場する。撮影現場で及川さんは、スタッフの緊張を解くために自ら「チームGAD」という言葉を使い、制作側と丁寧に対話を重ねながらベストな表現を追求した。及川さんは自身の性格についても心配性なところがあると認めつつ、不調を感じたときは「100点ではなく、今日は60点でもいい」と自分に課すハードルを下げることで乗り切っていると語っている。 個性豊かなキャラクターと世界観 CMに登場するパペットたちは、人気イラストレーターの師岡とおる氏がデザインを担当した。各キャラクターには、撮影中に及川さんが親しみを込めて名付けた愛称がそのまま公式名称として採用されている。 オオカミの「一狼(いちろう)」は、悪い想像が雪だるま式に膨らんでしまうGADの代表的な症状を表現している。子ぶたの長女「グミコ」は、夜になると一日の思考が巡って寝付けなくなる不眠の悩みを抱えている。子ぶたの長男「A太郎」は、冷静な性格ながら、あらゆる可能性を先読みしすぎて心配事を抱えがちな一面を持っている。子ぶたの次女「ドレミ」は、独自のペースを持つ癒やしキャラだが、ニュースなどの外部情報から不安を感じやすい感受性の高さを持っている。 未来の医療を担う薬学生へ 薬剤師を目指す学生の皆さんにとって、GADのような「目に見えにくい心の疾患」を正しく理解することは非常に重要だ。将来、患者さんが「ただの心配性だから」と一人で抱え込んでいるサインに気づき、適切な医療へつなげる架け橋となることが期待されている。 ヴィアトリス製薬は、誰もが人生のあらゆるステージでより健康に生きられるよう貢献することをミッションとしており、このCMを通じて、より多くの人が適切な相談行動を取れる社会の実現を目指している。 CM 本編URL:https://www.cocoro-h.jp/gad-campaign ※5 月11 日(月)公開予定
- 問◆世界アンチ・ドーピング規程において、禁止されている成分はどれか。【国試探検隊】
問82 世界アンチ・ドーピング規程において、禁止されている成分はどれか。1つ選べ。 ❶ カフェイン ❷ ストリキニーネ ❸ サリチルアミド ❹ デキストロメトルファン臭化水素酸塩水和物 ❺ グアイフェネシン (第111回薬剤師国家試験より) *** 蔵之介です。必須問題からドーピングに関する設問です。ミラノ・コルティナ冬季オリンピック、フィギュアスケートの「りくりゅう」ペアの活躍は、今も記憶に新しい。「より速く、より高く、より強く」は、人類の永遠の夢でもあります。しかし、光あるところには影もあります。古代オリンピア、選手は羊の睾丸を食べて(テストステロン濃度を高めた?)競技に臨みました。米ソ冷戦の華やかなりし頃、ナショナリズムを背負い、国家ぐるみのドーピングが暗躍しました。筋肉増強剤(アナボリック・ステロイド)が登場すると、ソウル・オリンピック陸上100m走のベン・ジョンソン、メジャーリーガーのバリー・ボンズ、マーク・マグワイア、映画俳優のシルベスター・スタローン、アーノルド・シュワルツェネッガーなど…、世界中に蔓延しました。 1999年に世界アンチ・ドーピング機構(WADA)が設立。ドーピングは、南アフリカの原住民が祭祀で呑む強い酒「dop(ドープ)」に由来します。その後も、選手の血液を抜いて保存し、試合直前に戻す血液ドーピング(エリスロポエチンと同様、赤血球が増加)、他人の尿を膀胱に注入して検査を誤魔化す、果ては、女子選手が人工的に妊娠・中絶を繰り返す中絶ドーピング(妊娠初期は運動能力が向上する?)…。 話がそれました。設問は、知らずに禁止物質を摂取してしまう「うっかりドーピング」。カフェイン、以前は禁止物質でしたが、2004年に禁止リストから外されました。ストリキニーネ、『シートン動物記』で毒餌として用いられるなど、「強直性けいれん」のイメージが強いです。かつては興奮薬(運動能力の向上効果はないよう)として用いられたため、常時禁止物質になっています【正解は2】。ストリキニーネを含むホミカエキスは、苦味健胃剤として胃腸薬に配合されることがあります。サリチルアミド(解熱鎮痛薬)、デキストロメトルファン臭化水素酸塩水和物(鎮咳薬)、グアイフェネシン(去痰薬)は、総合感冒薬(OTC薬)などに配合されています。いずれもWADA禁止リスト対象外で、使用可能な薬剤です。 出題予想 スポーツファーマシスト、治療使用特例(TUE)、クレンブテロール、南天実、麻黄 ■解説 蔵之介(アポクリート株式会社)
- 北里大学が「ChatGPT Edu」を全学・全病院で導入、教育・医療の高度化を推進
学校法人北里研究所は北里大学の全学生と全教職員、および附属3病院の全医療従事者を対象に、教育機関向けAIプラン「ChatGPT Edu」を導入することを決定した。対象者は学生約9,500人、教職員約6,200人にのぼり、教育・研究・医療の現場を横断した生成AIの利活用により、さらなる高度化と発展を目指す構えだ。 安全性と組織力の向上 生成AIが世界的に普及する中、国内の高等教育機関でも戦略的かつ安全な活用が広がっている。同大学においても、学生や医療従事者が個別にAIを利用し始めている現状を踏まえ、組織として安全性、公平性、情報セキュリティを担保しつつ、教育や医療の質を引き上げる環境整備が急務となっていた。 今回導入される「ChatGPT Edu」は、OpenAIの先進的なモデルへのアクセスに加え、教育機関に求められる高いセキュリティや管理者向け機能を備えている。同法人は、生成AIを単なる業務効率化のツールではなく、人間の思考力や創造力、生産性を飛躍的に拡張する知的基盤と位置付けている。 「オール北里」による推進体制と今後の展望 導入に伴い、学部や附属病院などの各部門を横断する「生成AI導入プロジェクトチーム」が新たに設置された。プロジェクトリーダーには、未来工学部教授でICT推進センター長を務める榊原康文氏が就任している。 今後の展開として、まずは安全な運用のための利用ポリシーやガイドラインの整備を進める。同時に、学生や教職員、医療従事者を対象としたAIリテラシー教育と研修体制の構築に取り組む。さらに、教育・研究・医療・業務の各場面における先進的な活用モデルである「北里AI活用モデル」を設計し、技術基盤の整備とサポート体制の確立を一体的に推進する。医療分野においても、関連法令やガイドラインを遵守し、安心して活用できる運用体制の構築を急ぐ方針だ。 同大学は、生命科学の総合大学として「オール北里」の知を結集し、生成AIを正しく使いこなす力を育成することで、教育・研究・医療の質を次の段階へ引き上げていく。AIと協働して新たな価値を創造できる人材を育むとともに、社会に新たなインパクトを生み出すことを目指している。
- のべ3.8億人の接点を生かした「次世代ヘルスケアインフラ」への挑戦――スギウェルネス×ノックオンザドアが描く、デジタルとリアルの融合による患者支援
2026年4月21日から23日にかけて東京ビッグサイトで開催された国際医薬品開発展「CPHI Japan 2026」において、製薬×DXをテーマとした「ファーマIT&デジタルヘルス エキスポ」が同時開催された。その中で、スギ薬局グループのスギウェルネス株式会社とノックオンザドア株式会社によるセミナーが実施され、のべ3.8億人の来客数を誇る顧客基盤を活用したヘルスケア企業支援サービスの実例が紹介された。 セミナーでは、スギ薬局グループのデジタル戦略とPHR(パーソナル・ヘルス・レコード)の利活用を牽引する、スギウェルネス株式会社PHR推進部部長の川又大樹氏と、ノックオンザドア株式会社執行役員の糠谷貴使氏が登壇した。両氏は、ドラッグストアの持つ膨大な接点と当事者の深いインサイトを掛け合わせた、実務に即した知見を披露した。 スギウェルネスが主導するトータルヘルスケア戦略 スギウェルネスは、スギ薬局グループにおいて主に疾病予防や健康増進の領域を担っている。同社が推進する「トータルヘルスケア戦略」は、地域の生活者が未病の状態から、医療・服薬が必要な時期、そして介護や終末期に至るまで、生涯を通じて一貫したケアサイクルを提供することを目指している。 その基盤となるのは、年間のべ3.8億人の来店客数と、1,717万人のアプリダウンロード数という圧倒的なタッチポイントである。スギウェルネスは、これらリアルとデジタルの接点を高度に融合させることで、従来のドラッグストアの枠を超えた企業支援サービスを展開している。 川又氏 アンケート調査が示す具体的な行動変容 具体的な手法として、ウォーキングアプリ「スギサポwalk+」を通じたアンケート調査により、生活者の健康状態や潜在的な悩みを可視化している。セミナーでは睡眠疾患領域の事例が紹介され、約2か月間の啓発配信によりバナーをクリックしたユーザーの73%がアンケートに回答し、そのうち約20%以上に意識変容が見られた。さらに、回答者の約2.5%にあたる約1,500人が実際に受診、あるいは受診予定であると回答するなどの具体的な成果が得られている。また、女性特有の疾患領域においても、施策前の事前サーベイにより日常生活での困り事や受診状況を定量的に把握し、ハイリスク層を明確に特定できている。 データに基づくターゲティングとリアルな支援 また店頭では、処方箋の受付データに基づき、特定の悩みを持つ顧客を精度高く抽出している。処方箋データからは性別やエリアだけでなく、薬剤のYJコード(薬価基準収載医薬品コード)指定による絞り込みも可能である。顧客が来店した際、薬剤師はこれらのデータを踏まえ、その患者に最適なコンテンツや専用資材を、説明文書や領収書の印刷に合わせて自動で出力・提示する仕組みを運用している。薬剤師が服薬指導の延長線上でこれらの資材を用いて対面フォローを行うことで、情報の信頼性を高め、実効性の高い行動変容へとつなげている。 ノックオンザドアの取り組みと「言えない本音」の特定 糠谷氏 セミナーでは、2025年9月にスギ薬局グループへ参画したノックオンザドアの糠谷氏より、同社独自の当事者参加型サービスの取り組みが紹介された。 ノックオンザドアは、インタビューやワークショップを通じ、アンケートだけでは見えにくい「患者の深い本音」を抽出している。例えば、医師に勧められても過去の治療で期待を裏切られた経験から新薬をすぐには使いたがらない心理や、副作用への懸念から薬を飲んでいない事実があっても医師に責められることを恐れて相談できずにいる実態などが明らかにされた。同社は、こうした「見えていない課題」を特定し、解像度を上げた上で施策を練り込むプロセスを重視している。 今回は、ノックオンザドアが独自に培ってきた「当事者の声をサービスデザインに落とし込むノウハウ」を中心に紹介されたが、今後はスギ薬局グループとの連携をさらに深めていく予定だ。











