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【薬局四方山話】漢方との出会い

更新日:7月8日

薬事政策研究所 田代 健



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今回は、筆者が漢方の獣道にさまよいこんでいった経緯を話したい。「実家が薬局である」「後継者不在の薬局を買い取った」「開業する医師に声をかけられた」といったルートではなく、全くゼロから薬局を開業したというルートは比較的少ないようなので、少しでも参考になれば幸いだ。


1. 学生の頃

筆者は10代の頃、生物学の(化学的ではなく)物理的な側面や情報といった側面に興味を持っていた。薬学部への進学を決めた動機も面白い研究(注1)をしている教授がいたためで、漢方どころか薬剤師という資格にも全く興味を持っていなかった。ただ、1年生の頃から附属病院の精神科外来の若手医師たちの論文抄読会に参加させていただく機会があり(筆者1人ではなく、勉強好きな学生が4人ほど誘われたのだが、要するに「海外の論文を読んで要約する」という人力版ChatGPTのような作業を無邪気な学生にさせていたのだと今では思う)、直接面倒を見てくれていた医師が「時間がある時には古本屋で明治時代の医学書を探して自分の研究分野(自閉症)の記述を探したりする。今の医学にはない視点を見つけられることもあって結構勉強になるんだよ」と話してくれたことがあり、古い医学を単なる昔話として見るのではなく、「実用的なツール」として見ることを教えられた。ちなみに、このように書くと筆者は英語が得意で活動的な性格のように見えるかもしれないがむしろ内向的で語学のセンスもない。ただ「勉強会やセミナーなどに興味がある人はどうぞ来てください」という機会があれば遠慮せずに手を挙げていただけにすぎない。たったそれだけのことで、いろいろと貴重な体験をさせてもらうことができたし、追い込まれることが英語の勉強になった。


2. 薬局勤めの頃

医療とは異なる業界で社会人になってから、ビジネスとしての薬局に興味を持ち、在宅医療に力を入れている薬局に転職した。この時点でも漢方というものを特には意識していなかったのだが、勤務先では漢方薬の処方箋を少し幅広く応需していた。これは偶然ではなく、高齢の患者が多いために漢方薬の処方も多かったのかもしれない。ここで同じ処方名の漢方薬でもメーカーが異なると味も変わることに気づき、添付文書などの資料だけでは知ることのできない違いがメーカー間に存在するはずだと職場で議論したことも、漢方の奥深さを感じるきっかけになった。また、身内の病気に際して何か役立つものはないかと探したことで、代替療法を真剣に検討したことで、関心が強くなったかもしれない。

今日であれば、薬局薬剤師として自分の専門分野を持つということについてさまざまな選択肢があるのではないかと思うが、当時はまだ対応する制度も存在しなかった在宅訪問と、「精神科に興味がある」というくらいの各自の嗜好性があるくらいだった。ただ、職場では口を揃えて「漢方は分からない」と言われていたため、それでは自分が勉強してみようと思い立った。そこで「漢方に興味がある」という話をしたところ、先輩がOBの薬剤師から漢方の入門書を2冊借りてきてくれた。これが中医学(注2)の教科書で、神戸中医学研究会『基礎中医学』(東洋学術出版社)ともう1冊は覚えていないのだが、絶望的に意味が分からなかった。その後、自分なりに書店でいろいろ手にとってみると、古方派(注3)の入門書が自分には分かりやすいと感じ、自分でも理解できそうだと選んだのは藤平健・小倉重成『漢方概論』(創元社)だった。ただ、医療用の漢方薬には後世方派(注4)も多く、古方派の勉強だけでは徐々に行き詰まってくる。


3. 勉強会に参加

自分で薬局を新規に開設した時点では、OTCやサプリメント、ハーブなどが実際にどの程度効くのかというデータを集めることを目指していた。商品を仕入れるために「電話帳」で卸を探して電話をかけて取引を始めてもらい、開業前の店舗で担当者と打ち合わせをしていると、外からのぞき込んでいる男性がいた。隣町の薬局経営者が、その卸から筆者の噂を聞いて偵察に来ていたのだった。そのまま付き合いが始まったことから、その薬局が加入していた漢方メーカーの会員組織(図表)に紹介され、漢方の獣道に踏み込むことになった。

その漢方メーカーが主催する勉強会に参加してみると、症例検討会をやっている。当番の薬剤師が「これこれの症状の患者の「証(しょう)」を○○と判断し、△△を使ってもらったが効果が見られない」というような症例を提示し、質疑応答を重ねながら、なぜその△△ではいけないのか、次にどのような薬を使うべきか、といった検討をするのだが、非常に刺激的だった。

この勉強会では、中医学の体系で議論をしていた。古方では「方証相対」と言って最初に「傷寒論・金匱(きんき)要略(ようりゃく)で使われる処方」の一覧があり、人間の体質を「その一覧表の中のどの処方が合うか?」という観点で分類していく。例えば「あそこを歩いている色白な女性は当帰(とうき)芍薬散(しゃくやくさん)証(しょう)だろう」というような議論をしたりする。中医学の体系では「八(はっ)綱(こう)弁証(べんしょう)」「六(ろっ)経(けい)弁証(べんしょう)」「臓腑(ぞうふ)弁証(べんしょう)」「気血弁証」「三焦弁証」などなど、必要に応じていくつかの分類体系を組み合わせて患者の証を見極め、その証に応じて治療方針を立て、使用する生薬を選ぶ。これを「弁証論治」といい、中医学ではゼロから処方を組み立てるが、日本のエキス剤の漢方では既製品の組み合わせで最適解を探す。現代人が討論するプラットフォームとしては、古方派よりも中医学の言語体系のほうが普遍性が高く、中医学の書籍の刊行点数も増えている。筆者が勉強し始めた頃と比べると、初学者向けの良質な入門書の選択肢も格段に増えているように見える。


4. 独学

メーカー主催の勉強会に参加していると、講師的な立場の薬剤師から個人的な研究会に声をかけられたりする。「〜研究会」「〜塾」といったもので、年会費を払って毎月の会合に参加する。筆者も声をかけられたのだが、学問はオープンでフラットであるべきだと当時は考えていたため、秘密結社のようなグループに参加してリーダーの指導に従うという形に抵抗を感じて独学することを選んだ。これが正しい判断だったのかどうかは筆者には分からない。仲間を得て切磋琢磨しながら勉強することも大切だし、それぞれの研究会の雰囲気との相性といったものもあるだろう。代わりに、筆者は江戸時代の医学書を自分なりに勉強した。いずれにせよ、陳腐な言葉ではあるが、「最大の教師は患者」であることにかわりなく、何か調べたい時には今でも江戸時代や戦前の医学書をひっくり返すことが多い。

ところで漢方以外では、西洋のハーブにも関心を持っていた。例えば眠れないという人にジャーマンカモミールとレモンバームをブレンドしたお茶を売ったり、ちょっと喉が痛いという程度であればシソのお茶で済んだりというのは評判が良かった。しかし、「あまり良くなかった」という評価だった場合にそれをどう解釈し、次の一手に反映させるかという理論的な骨組みが存在しないことに物足りなさを感じた。

理論体系という点ではインドのアーユルヴェーダ医学(注5)も興味深い。一度、「アーユルヴェーダの家庭医学」という本(注6)を取り寄せて、「鼻炎にはニンニクの搾り汁を点鼻するとよく効く」と書いてあったのを実際に試したところ、強烈な痛みで悶え苦しみ、はたで見ていた妻に大笑いされた。これで懲りたことと、そもそも販売する商品を入手することが難しいというのがボトルネックになり、アーユルヴェーダとしっかり向き合うことができずにいる。


5. これから漢方を勉強し始める人に

最後に、漢方の勉強に興味を持った人に伝えたいことがある。

人間の体は2000年前と今日とで(体格や栄養といった差はあるにせよ)生理学的な機構としてはおそらくほとんど変化していない。だからこそ古人の臨床的な観察眼の鋭さに驚かされるわけだが、気候は平成から令和にかけて変わりつつあり、今後さらに変わっていくことが予想される。

これまでの日本の漢方は、傷寒論をベースとして「体を温める」という治療が中心だった。例えば、夏に冷たいものをとりすぎると、胃が冷える。その冷えた胃を温めるために体力を消耗するために、夏バテが起こる、といった考え方で、夏にも体を冷やさないことを重視する。ただ、これは気温が体温を上回ることはないという条件の上で通用する話で、温暖化が進み気象条件が変わった今、これをそのまま当てはめて「夏にも体を温める」といったことをしてしまうと命に関わる場合が出てくる(そして実際に、猛暑の中でも「冷房の風は体に良くない」と信じて窓を開けて熱いお茶を飲む高齢者は存在する)。これからは漢方でも体を冷やす治療の比重が増してくる。「漢方」と一言で言っても、中身をアップデートすることが必要だと筆者は考える。


注1 「プロペラのような形状のアクリル板の片面にミオシンタンパクを貼り、アクチンフィラメントを溶かした溶液に浸してATPを加えると筋収縮運動の仕組みでプロペラが回転する」といった研究

注2 数千年以上の歴史を持つ中国の伝統的医学

注3 江戸時代に起こった漢方医学の流派の一つ。山脇東洋、吉益東洞が有名。今日の漢方医学の主流派

注 4戦国時代に起こった漢方医学の流派の一つ。曲直瀬道三が有名

注 5古代インドの医学

注6 Vasant Lad, "The complete book of ayurvedic home remedies"(Three rivers press,1998)


漢方の入門書について

筆者が最初の頃に勉強した『中医学入門』は借りて読もうとしても全く歯が立たず、結局自分で買い直したのだが、外国語を学ぶのと同じで、他にも何冊も乱読したりして単語や思考のルールに慣れてしまってから見返すと、特に難しいことは言っておらず、よくまとまっていると感じる。ただ、初めての人がいきなり読んでも頭が痛くなるだけだろう。『漢方概論』の方は分かりやすく入り口にはちょうどいいが、現代の漢方の文脈に合わせるためにはあまり深入りしないほうが安全だろうと思う。


図表 漢方薬の流通形態

(1) ナショナルブランド:「ツムラ」や「クラシエ」など、テレビなどでCMを打っているブランドで、一般的な広域卸から仕入れることができ、ドラッグストアでも買える。

(2) 特約店医薬品:メーカーごとに「〜研究会」のような名前の会(「会員店組織」)を作り、その会の会員だけが取り扱うことができる漢方薬。この会に入会するためには近隣の他の会員の同意が必要で、それによって薬局間の競合や値崩れを防いでいる。比較的認知されていそうな例は、漢方相談薬局の店頭に中国風のデザインのパンダのキャラクターが存在する「イスクラ」だろうか(筆者は加入していない)。漢方薬以外に、「誰が飲んでも体に良さそう」という位置付けの保健薬に力を入れて売り上げの柱としているメーカーが多い。さまざまなメーカーがあるが、年会費が発生したり取り扱い金額によって仕入れ値が変わったりするなど、拘束条件もそれぞれに設定されているため、どこに所属するかという判断が重要になる。

(3) 会員限定ではない医薬品:特に会に所属するなどの制限を設けずに漢方卸から仕入れることができ、直接取り引きすることもできる。「小太郎漢方」と「八ツ目製薬」がよく知られている。前者は特に新規処方を増やしており、勢いがあると感じる。

(4) 薬局製剤:薬局で届出を出し、自ら煎じ薬を調整する医薬品。筆者の薬局では煎じ薬の調剤も応需しているため、生薬を取り扱っているのだが、薬局製剤は行っていない。理由は、①既製品のエキス剤などで十分品質が良い②煎じで効果を評価しようとした場合に生薬のロットの問題、煎じ方の問題、処方そのものの問題、といった問題を切り分けるのが難しい、要するに再現性が低いという2点だが、「煎じ薬のほうが良い」という価値観も根強いことは確かで、上手に使っている薬局も存在する。


(2)や(3)のような医薬品を扱うメーカーは販売実績の著しい薬剤師を講師に招いて勉強会や研修会を開催し、薬局同士の横のつながりが生まれる(利益相反を気にする人はまずいない)。その中で、研究会ごとの個性が醸成されていく。

いわゆる「調剤薬局」で働いていると見えにくいのは、(2)と(3)のタイプの漢方薬ではないだろうか。

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