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【薬局四方山話】薬局と市場原理

更新日:7月8日

薬事政策研究所 田代健

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I 市場原理による経営統合

この数年間、医療界で続いている医薬品の安定供給の問題については読者の皆さんもよくご存じだろう。

武見敬三厚生労働大臣は、7月4日に後発品メーカー13社の代表を集めた「後発医薬品の産業構造改革に向けた大臣要請」という場で、各品目につき5社程度に限定することが望ましい、という考えを述べた際に、「数量シェアや品目ともに多い企業は、再編、統合、適切な品目削除によるシェアの拡大や生産収益性の向上により、総合商社型の企業へ成長していくこと」を求めた。

製造業である製薬会社が物流に特化した総合商社のような企業に成長してしまってよいのか?など、意味のわからないポイントがいくつか散りばめることで主張をぼやかしてはいるが、大臣は製薬会社を統合して整理することを求めている。これに先んじて厚生労働省が5月22日付で公表した「後発医薬品の安定供給等の実現に向けた産業構造のあり方に関する検討会」の報告書では、具体的に「5社」といった数字は挙げていないが業界再編のモデルとして

・大きい企業が小さい企業を買収し、事業を統合する

・同じ大きさの企業が集まって新しいブランドにまとまる

・ファンドが複数の企業を買収し、事業をまとめる

・企業が事業を他の企業に譲渡する

というパターンを列挙し、その前段階として

・複数の企業が集まって、それぞれのブランドを残したまま事業をまとめる

・事業丸ごとの譲渡の前に他社に製造委託し、事業をまとめる

・卸や薬局に働きかけて事業をまとめる

といったパターンを挙げている。

このリストの特に前半は、さまざまな分野で市場が成熟してくるにつれて企業の統合が進んでいくケースを整理したもので、後発医薬品メーカーに限らず一般的に通用すると思われる。その一方で、企業と市場との関係にこれまでとは違った形も現れつつある。


例1)香港のオアシス・マネジメントという投資ファンドがドラッグストア業界2位のツルハホールディングスの株式を取得したことが明らかになったのは、2022年の12月だった。翌23年6月に同ファンドは創業家の会長職の廃止などの要望を提出し、8月の株主総会で否決された。ここまで買収を通じて成長してきたツルハは自分が統合される側に回ることを模索し始め、ツルハに出資するイオンがオアシスのツルハ株を買い取る形で、同じイオン系列でドラッグストア業界1位のウェルシアホールディングスと2027年までに統合することになった。ここで登場したオアシス・マネジメントのような「アクティビスト」の介入がきっかけとなり、「ファンドが介在して企業を統合する」のではなく、「ファンドを排除するために企業が統合する」という形は珍しいようだ。


例2)アメリカの場合、特別買収目的会社(Special Purpose Acquisition Company)というものが認められており、株式公開していない法人を形式上買収し、上場させるだけの目的で24カ月間限定のペーパーカンパニーを設立することができる。これによって幅広く(リスクを分散しつつ)資金を調達することができるということで、医療経営に変化をもたらすという議論があるようだ。

日本でも社会保障費の収入が頭打ちとなっている中でさらに支出を増やすことを考える場合に、同じような発想で市場を通じて国内外の投資家から資金を調達するという試みが始まる可能性は高いと筆者は考える。


経済学には「市場の失敗」という概念がある。市場経済にはバグのようなものがいくつかあり、自由な取引に任せていると問題が生じることが知られている。その一つが「寡占」問題で、先述のようにメーカーや小売が経営統合を進めていくと、いずれごく少数の企業が市場を支配するようになり、適正な価格を維持できなくなるとされている(それを防ぐために独占禁止法が用意されていて、公正取引委員会には強力な権限を与えられている)。機関投資家の自由な投資活動は、このような市場取引を濃縮したエッセンスのようなもので、今回のオアシスの介入は特に「寡占化」を加速しているように見える。


II 新しい「封建主義」の可能性

ところで、ここまで述べてきたような「市場経済」は機能不全を起こしていて、新しい「封建主義」に移行しつつある、という議論も出てきている。代表的な例は、ギリシャ人経済学者で財務大臣を務めた経歴をもつヤニス・バルファキスによる「資本主義からテクノ封建主義("technofeudalism”)へと移行しつつある」という指摘だ(他にも「封建主義」といった同様の概念が何人かの論者から提唱されている。ジョエル・コトキン著『新しい封建制がやってくる: グローバル中流階級への警告』という本も出ていて、同じ封建主義でもここで紹介しているのとは異なった展開を描いているようだ。「AIの登場により将来必要とされなくなる職業」のようなトピックに興味があれば、面白いかもしれない)。

日本を含む先進各国では

(1) 経済の長期的な停滞

(2) 政府による富の富裕層への再分配

(3) 中間層の没落

といった変化から抜け出すことが難しくなっており、市場での自由な競争に基づいて社会が豊かに成長するという資本主義の体制は行き詰まっている((2)と(3)についてはブランコ・ミラノヴィッチという経済学者が指摘した「エレファント・カーブ」という現象がよく知られている。先進国の高所得層と発展途上国の低所得層の所得が急激に伸びた一方で、先進国の中間所得層の所得が伸び悩んでいるというものだ)。資本主義体制では、土地や工場(資本)を持つ資本家が労働者を使って商品を作り、販売して得た利益(資本の増加)をさらに投資に回すことで事業を拡大する。例えばベトナム製のジーンズと岡山県のジーンズとが価格や品質で競合し、技術革新や価格破壊が起こるという感じだ。一方、中世の封建主義体制では、王様(日本では将軍)が臣下に領地を与える代わりに臣下が忠誠を誓うというような特徴があるが、それはおいといて経済的な部分に注目すると、封建領主が土地を囲い込み、その領域内で活動する領民は地代(小作料)を封建領主に支払う。米沢藩の米農家と加賀藩の米農家とが競合することがないようなものだ(ただしそれぞれの米を江戸の市場に持ち込めば、競争が始まる)。GA[M]FAの各プラットフォームではクラウド上の巨大なデータベースが囲い込まれ、実質的な「領地」とみなすことができる。それぞれのサービスが競合することはなく、さまざまな企業はそのプラットフォームの中で「地代」を払いながらサービスを提供する。それぞれの企業は他社のプラットフォームを利用することはできない(アンドロイドOSのスマホユーザーはiPhoneのアプリを使うことができない。逆も同様)。iPhoneアプリの開発者はApp Storeに登録するためにAppleに「地代」を支払う。また、日本医師会がgoogleの口コミの削除をめぐって提訴したように、データベースの当事者自身ですらもその内容を管理することができず、さらには検索エンジンの上位に表示されることを目指すビジネスが存在するというように、データベースがかなり強力な実体としての位置を占めるようになっている。

皆さんが薬局で実務実習を受ける際には、パソコンやタブレットが何台稼働しているかを数えてみてもらいたい。細々した作業の一つ一つに端末が必要とされ、処方箋データだけがかろうじて標準フォーマットで一方通行で送信されるが、残りはバラバラだ。これが薬局における「医療DX」の現状で、さまざまな事業者が群がっているが、これからシステムの統合が進み、同時に薬剤師業務も整理されてくるだろう(そして薬剤師の仕事は患者や医薬品と向かい合っている時間よりも液晶ディスプレイを凝視している時間の長さによって「評価」されることになるかもしれない)。その果てに残るシステムは、おそらくGA[M]FAと、もしかしたらTikTokやLINEのようなプラットフォームの上で稼働することになると思われる。


Amazonファーマシーを例にとってみよう。薬剤師が話題にする際には参加薬局の採算性に注目しがちだが、大きな動きとしてみた場合には、これまでは大学病院などの正門の近くやあるいは敷地内といったリアルな「土地」を巡って大小の資本が競争していたのが、Amazonファーマシーの場合にはAmazonの液晶画面の中での競争となる。その競争のルールを決めるのは他でもないAmazonであるという点が、ポイントとなる。


III 最後に

今から100年前にもロシア革命(1917年)や大恐慌(1929年)などの世界的な混乱が生じたが、そこからジョン・メイナード・ケインズによるマクロ経済学の概念が登場し(1936年)、第二次世界大戦や冷戦を経つつも資本主義は命脈をつなぐことができた。今回も、「自由な市場」というものが後退し、仮に封建主義的な市場の要素が強くなってくるとしても、資本主義が終わるというよりはむしろバージョンアップしていくような気がする。おそらく皆さんが50歳前後になる頃には、今では想像もつかないような財政目標や経済的な指標によって医療やビジネスが動いていくと筆者は期待している。


投資家の基礎用語

【ファンダメンタルズ】投資家は、株式市場に上場している企業の決算情報などを検討し、事業の内容に将来性を感じ「この会社の株に投資したい」と判断すれば株式を買う。このような人が増えればその企業の株価は上昇するが、逆に「この会社の株は売ってしまおう」と判断する人が増えれば株価は低下する。このような企業の実績の判断材料となる指標を「ファンダメンタルズ」という。

【株価純資産倍率(PBR)】会社丸ごとの価値と株価とのバランスを評価する指標で、1以上を保つことが望ましい(会社の資産を全部換金して株主に配当してしまう方が株主にとっては得ということになってしまうため)。『日経新聞』のサイトでは業種別のPBRの上位ランキングと下位ランキングを見ることもできる。

【アクティビスト(モノ言う投資家)】投資ファンドの中には、ファンダメンタルズを見るのではなくPBRの低さなどの割安感に注目して株を買い、株主として経営陣の刷新や事業再編などの要望をし、株価を上げた後で売る、というビジネスモデルがある。

読者の皆さんも、興味のある企業がもし株式を上場しているようなら、ファンダメンタルズやPBRなどの指標を投資家の目線でじっくり吟味してみると面白い発見があるかもしれない。


市場の失敗

市場の失敗には寡占の問題以外にも

【情報の非対称性】 売り手が情報を多く持っていて買い手が情報を持っていない状態。例えば中古車販売市場で売り手が欠陥のある中古車を販売して買い手がその情報を知ることができない場合、買い手は最初から欠陥のある中古車をつかまされると疑ってかかり、安くて低品質な中古車しか買わなくなり、値段もそれなりに高い高品質な中古車が売れ残るようになる。医療においては、医療提供者と患者との間の情報の格差が大きいことに加えて患者側の需要の切迫度が高いため、取り引きが医療側に有利になっている(自動車の需要が供給を大きく上回っていれば、低品質で高価格な中古車の疑いがあっても買わざるを得ない)。

【市場の外部性】 工場で製品を作る過程で大気や河川を汚染したまま放置している場合などのように、本来売り手が負担して価格形成に含まれるべきコストが取りこぼされる状態。市場に参加していない人たちが不利益を被り、売り手は過剰に利益を得ることができてしまう。卑近な例では、感染症にかかった従業員が無理に出勤して職場でウィルスを拡散させてしまった場合、その職場に生じた損失は最初の従業員に負わせることはできない。このような事態を防ぐために、「5日間は自宅療養」のようなルールを公共で作る必要がある。

【フリーライダーの存在】 企業が経済活動を行う際に利用する公共のインフラ(例えば道路)の維持費などを分担する際に、負担した人と負担しなかった人とを区別することが難しい場合、負担しない人ばかりになってしまう可能性がある。例えばワクチンの接種者が70%で集団免疫が成立するという場合、誰もが副反応を恐れて接種しなければ集団免疫が成立しない。などが知られており、政府の介入が必要とされている。

ちなみに、政府に任せるとうまくいかなくなるという「政府の失敗」という概念もある。興味のある人は調べてみよう。

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