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  • 【薬局四方山話】漢方との出会い

    薬事政策研究所 田代 健 今回は、筆者が漢方の獣道にさまよいこんでいった経緯を話したい。「実家が薬局である」「後継者不在の薬局を買い取った」「開業する医師に声をかけられた」といったルートではなく、全くゼロから薬局を開業したというルートは比較的少ないようなので、少しでも参考になれば幸いだ。 1. 学生の頃 筆者は10代の頃、生物学の(化学的ではなく)物理的な側面や情報といった側面に興味を持っていた。薬学部への進学を決めた動機も面白い研究(注1)をしている教授がいたためで、漢方どころか薬剤師という資格にも全く興味を持っていなかった。ただ、1年生の頃から附属病院の精神科外来の若手医師たちの論文抄読会に参加させていただく機会があり(筆者1人ではなく、勉強好きな学生が4人ほど誘われたのだが、要するに「海外の論文を読んで要約する」という人力版ChatGPTのような作業を無邪気な学生にさせていたのだと今では思う)、直接面倒を見てくれていた医師が「時間がある時には古本屋で明治時代の医学書を探して自分の研究分野(自閉症)の記述を探したりする。今の医学にはない視点を見つけられることもあって結構勉強になるんだよ」と話してくれたことがあり、古い医学を単なる昔話として見るのではなく、「実用的なツール」として見ることを教えられた。ちなみに、このように書くと筆者は英語が得意で活動的な性格のように見えるかもしれないがむしろ内向的で語学のセンスもない。ただ「勉強会やセミナーなどに興味がある人はどうぞ来てください」という機会があれば遠慮せずに手を挙げていただけにすぎない。たったそれだけのことで、いろいろと貴重な体験をさせてもらうことができたし、追い込まれることが英語の勉強になった。 2. 薬局勤めの頃 医療とは異なる業界で社会人になってから、ビジネスとしての薬局に興味を持ち、在宅医療に力を入れている薬局に転職した。この時点でも漢方というものを特には意識していなかったのだが、勤務先では漢方薬の処方箋を少し幅広く応需していた。これは偶然ではなく、高齢の患者が多いために漢方薬の処方も多かったのかもしれない。ここで同じ処方名の漢方薬でもメーカーが異なると味も変わることに気づき、添付文書などの資料だけでは知ることのできない違いがメーカー間に存在するはずだと職場で議論したことも、漢方の奥深さを感じるきっかけになった。また、身内の病気に際して何か役立つものはないかと探したことで、代替療法を真剣に検討したことで、関心が強くなったかもしれない。 今日であれば、薬局薬剤師として自分の専門分野を持つということについてさまざまな選択肢があるのではないかと思うが、当時はまだ対応する制度も存在しなかった在宅訪問と、「精神科に興味がある」というくらいの各自の嗜好性があるくらいだった。ただ、職場では口を揃えて「漢方は分からない」と言われていたため、それでは自分が勉強してみようと思い立った。そこで「漢方に興味がある」という話をしたところ、先輩がOBの薬剤師から漢方の入門書を2冊借りてきてくれた。これが中医学(注2)の教科書で、神戸中医学研究会『基礎中医学』(東洋学術出版社)ともう1冊は覚えていないのだが、絶望的に意味が分からなかった。その後、自分なりに書店でいろいろ手にとってみると、古方派(注3)の入門書が自分には分かりやすいと感じ、自分でも理解できそうだと選んだのは藤平健・小倉重成『漢方概論』(創元社)だった。ただ、医療用の漢方薬には後世方派(注4)も多く、古方派の勉強だけでは徐々に行き詰まってくる。 3. 勉強会に参加 自分で薬局を新規に開設した時点では、OTCやサプリメント、ハーブなどが実際にどの程度効くのかというデータを集めることを目指していた。商品を仕入れるために「電話帳」で卸を探して電話をかけて取引を始めてもらい、開業前の店舗で担当者と打ち合わせをしていると、外からのぞき込んでいる男性がいた。隣町の薬局経営者が、その卸から筆者の噂を聞いて偵察に来ていたのだった。そのまま付き合いが始まったことから、その薬局が加入していた漢方メーカーの会員組織 (図表) に紹介され、漢方の獣道に踏み込むことになった。 その漢方メーカーが主催する勉強会に参加してみると、症例検討会をやっている。当番の薬剤師が「これこれの症状の患者の「証(しょう)」を○○と判断し、△△を使ってもらったが効果が見られない」というような症例を提示し、質疑応答を重ねながら、なぜその△△ではいけないのか、次にどのような薬を使うべきか、といった検討をするのだが、非常に刺激的だった。 この勉強会では、中医学の体系で議論をしていた。古方では「方証相対」と言って最初に「傷寒論・金匱(きんき)要略(ようりゃく)で使われる処方」の一覧があり、人間の体質を「その一覧表の中のどの処方が合うか?」という観点で分類していく。例えば「あそこを歩いている色白な女性は当帰(とうき)芍薬散(しゃくやくさん)証(しょう)だろう」というような議論をしたりする。中医学の体系では「八(はっ)綱(こう)弁証(べんしょう)」「六(ろっ)経(けい)弁証(べんしょう)」「臓腑(ぞうふ)弁証(べんしょう)」「気血弁証」「三焦弁証」などなど、必要に応じていくつかの分類体系を組み合わせて患者の証を見極め、その証に応じて治療方針を立て、使用する生薬を選ぶ。これを「弁証論治」といい、中医学ではゼロから処方を組み立てるが、日本のエキス剤の漢方では既製品の組み合わせで最適解を探す。現代人が討論するプラットフォームとしては、古方派よりも中医学の言語体系のほうが普遍性が高く、中医学の書籍の刊行点数も増えている。筆者が勉強し始めた頃と比べると、初学者向けの良質な入門書の選択肢も格段に増えているように見える。 4. 独学 メーカー主催の勉強会に参加していると、講師的な立場の薬剤師から個人的な研究会に声をかけられたりする。「〜研究会」「〜塾」といったもので、年会費を払って毎月の会合に参加する。筆者も声をかけられたのだが、学問はオープンでフラットであるべきだと当時は考えていたため、秘密結社のようなグループに参加してリーダーの指導に従うという形に抵抗を感じて独学することを選んだ。これが正しい判断だったのかどうかは筆者には分からない。仲間を得て切磋琢磨しながら勉強することも大切だし、それぞれの研究会の雰囲気との相性といったものもあるだろう。代わりに、筆者は江戸時代の医学書を自分なりに勉強した。いずれにせよ、陳腐な言葉ではあるが、「最大の教師は患者」であることにかわりなく、何か調べたい時には今でも江戸時代や戦前の医学書をひっくり返すことが多い。 ところで漢方以外では、西洋のハーブにも関心を持っていた。例えば眠れないという人にジャーマンカモミールとレモンバームをブレンドしたお茶を売ったり、ちょっと喉が痛いという程度であればシソのお茶で済んだりというのは評判が良かった。しかし、「あまり良くなかった」という評価だった場合にそれをどう解釈し、次の一手に反映させるかという理論的な骨組みが存在しないことに物足りなさを感じた。 理論体系という点ではインドのアーユルヴェーダ医学(注5)も興味深い。一度、「アーユルヴェーダの家庭医学」という本(注6)を取り寄せて、「鼻炎にはニンニクの搾り汁を点鼻するとよく効く」と書いてあったのを実際に試したところ、強烈な痛みで悶え苦しみ、はたで見ていた妻に大笑いされた。これで懲りたことと、そもそも販売する商品を入手することが難しいというのがボトルネックになり、アーユルヴェーダとしっかり向き合うことができずにいる。 5. これから漢方を勉強し始める人に 最後に、漢方の勉強に興味を持った人に伝えたいことがある。 人間の体は2000年前と今日とで(体格や栄養といった差はあるにせよ)生理学的な機構としてはおそらくほとんど変化していない。だからこそ古人の臨床的な観察眼の鋭さに驚かされるわけだが、気候は平成から令和にかけて変わりつつあり、今後さらに変わっていくことが予想される。 これまでの日本の漢方は、傷寒論をベースとして「体を温める」という治療が中心だった。例えば、夏に冷たいものをとりすぎると、胃が冷える。その冷えた胃を温めるために体力を消耗するために、夏バテが起こる、といった考え方で、夏にも体を冷やさないことを重視する。ただ、これは気温が体温を上回ることはないという条件の上で通用する話で、温暖化が進み気象条件が変わった今、これをそのまま当てはめて「夏にも体を温める」といったことをしてしまうと命に関わる場合が出てくる(そして実際に、猛暑の中でも「冷房の風は体に良くない」と信じて窓を開けて熱いお茶を飲む高齢者は存在する)。これからは漢方でも体を冷やす治療の比重が増してくる。「漢方」と一言で言っても、中身をアップデートすることが必要だと筆者は考える。 注1 「プロペラのような形状のアクリル板の片面にミオシンタンパクを貼り、アクチンフィラメントを溶かした溶液に浸してATPを加えると筋収縮運動の仕組みでプロペラが回転する」といった研究 注2 数千年以上の歴史を持つ中国の伝統的医学 注3 江戸時代に起こった漢方医学の流派の一つ。山脇東洋、吉益東洞が有名。今日の漢方医学の主流派 注 4戦国時代に起こった漢方医学の流派の一つ。曲直瀬道三が有名 注 5古代インドの医学 注6 Vasant Lad, "The complete book of ayurvedic home remedies"(Three rivers press,1998) 漢方の入門書について 筆者が最初の頃に勉強した『中医学入門』は借りて読もうとしても全く歯が立たず、結局自分で買い直したのだが、外国語を学ぶのと同じで、他にも何冊も乱読したりして単語や思考のルールに慣れてしまってから見返すと、特に難しいことは言っておらず、よくまとまっていると感じる。ただ、初めての人がいきなり読んでも頭が痛くなるだけだろう。『漢方概論』の方は分かりやすく入り口にはちょうどいいが、現代の漢方の文脈に合わせるためにはあまり深入りしないほうが安全だろうと思う。 図表 漢方薬の流通形態 (1) ナショナルブランド:「ツムラ」や「クラシエ」など、テレビなどでCMを打っているブランドで、一般的な広域卸から仕入れることができ、ドラッグストアでも買える。 (2) 特約店医薬品:メーカーごとに「〜研究会」のような名前の会(「会員店組織」)を作り、その会の会員だけが取り扱うことができる漢方薬。この会に入会するためには近隣の他の会員の同意が必要で、それによって薬局間の競合や値崩れを防いでいる。比較的認知されていそうな例は、漢方相談薬局の店頭に中国風のデザインのパンダのキャラクターが存在する「イスクラ」だろうか(筆者は加入していない)。漢方薬以外に、「誰が飲んでも体に良さそう」という位置付けの保健薬に力を入れて売り上げの柱としているメーカーが多い。さまざまなメーカーがあるが、年会費が発生したり取り扱い金額によって仕入れ値が変わったりするなど、拘束条件もそれぞれに設定されているため、どこに所属するかという判断が重要になる。 (3) 会員限定ではない医薬品:特に会に所属するなどの制限を設けずに漢方卸から仕入れることができ、直接取り引きすることもできる。「小太郎漢方」と「八ツ目製薬」がよく知られている。前者は特に新規処方を増やしており、勢いがあると感じる。 (4) 薬局製剤:薬局で届出を出し、自ら煎じ薬を調整する医薬品。筆者の薬局では煎じ薬の調剤も応需しているため、生薬を取り扱っているのだが、薬局製剤は行っていない。理由は、①既製品のエキス剤などで十分品質が良い②煎じで効果を評価しようとした場合に生薬のロットの問題、煎じ方の問題、処方そのものの問題、といった問題を切り分けるのが難しい、要するに再現性が低いという2点だが、「煎じ薬のほうが良い」という価値観も根強いことは確かで、上手に使っている薬局も存在する。 (2)や(3)のような医薬品を扱うメーカーは販売実績の著しい薬剤師を講師に招いて勉強会や研修会を開催し、薬局同士の横のつながりが生まれる(利益相反を気にする人はまずいない)。その中で、研究会ごとの個性が醸成されていく。 いわゆる「調剤薬局」で働いていると見えにくいのは、(2)と(3)のタイプの漢方薬ではないだろうか。

  • EBPMを推進し、薬剤師の社会的価値を高める

    公益社団法人日本薬剤師会理事 慶應義塾大学医学部衛生学公衆衛生学教室HTA公的分析研究室 特任研究員 日髙玲於 2024年6月30日、日本薬剤師会理事に就任した日髙玲於さん。北里大学薬学部に在学中に一般社団法人日本薬学生連盟学術委員長として活動した。卒業後、薬局に従事し、在宅医療等に取り組む。その後、慶應義塾大学大学院健康マネジメント研究科へ進学し、1年間で短期修了し公衆衛生学修士(MPH)を取得した。現在は、慶應義塾大学医学部衛生学公衆衛生学教室HTA公的分析研究室で特任研究員として研究に取り組んでいる。ここでは、日髙さんの近況やこれから求められる薬剤師像について聞いた。 ──大学ではどんな生活を送っていましたか。 軽音部で活動したり、学園祭の実行委員を務めたりと割と活発な学生生活を送っていました。5年生からは日本薬学生連盟の学術委員長として全国規模の薬学生の団体を運営していました。 自分の人生の転機がいくつかあるのですが、日本薬学生連盟での活動はその一つです。アクティブな人って大学の中で少し浮きがちなのですが、全国の同世代の仲間に出会えたことで、自分の生き方を肯定できるようになりました。探究心やチャレンジ精神をもって活動している仲間に出会えたことが大きな励みになりました。それから北里大学の先生方にもたいへんお世話になりました。特に研究室の指導教官であった鈴木順子先生には薬事関連の制度のことや、社会の中の薬剤師の在り方など、いろいろご指導いただき、私に薬剤師としての道を示してくれました。 日本薬学生連盟で活動していた頃の日髙さん ──卒業後の進路についてはどう考えていましたか。 最初の頃は、大学に病院があったので病院薬剤師にあこがれていました。4年生時に社会薬学会に参加した際、在宅医療で活躍している薬局や病院の先生のお話を伺い、在宅緩和ケアに携わりたいと思うようになりました。 学生時代、母が肝臓がんになって、見つかったときはステージⅣ、余命3カ月と診断されました。家族として母が医療者からサポートを受けているところを見ていたのですが、看取るのは難しいことだと痛感しました。 ──看取りが難しいというのはどういうことですか。 家族が見ている患者の姿と医療者が見ている姿は、必ずしもイコールではないということです。普段、母はベッドでぐったりしているのですが、訪問医が来ると、母は起きて医師の質問にしっかりと受け答えをしていました。そして訪問医が帰ったら、ぐったりして3~4時間寝てしまいます。医師に気を使っていたのだと思います。最善の治療をするために患者から聞き取ることも大事なことだと思うのですが、あえてひくことも大事なのではないか、在宅緩和ケアは奥深いと思うようになり、卒業後は薬局に就職しました。 ──薬局ではどんなことをしていましたか。  1年目から在宅医療を担当し、患者からいろいろなことを学ばせていただきました。例えば30代でがんに罹患された方。小さいお子さんがいらっしゃいました。なぜこんな若い人ががんにならないといけないのかとやるせない気持ちを持ちながらサポートしていました。しかしそれは現実で、その中で薬剤師として、人として、患者が人生を全うするためにどう支えるのかということを常に考えていました。また、がんといっても腫瘍の種類が異なると症状やケアの仕方が違いますので、その度にガイドライン等を勉強して医師に提案していました。 医師との関わりについても現場で働いてみて気づくことがありました。医師の専門領域外の薬の選択について相談を受ける機会が多くありましたので、医師の専門性を十分理解したうえで、情報提供することを心掛けていました。例えば、緩和ケアを受けているがん患者の便秘の頻度は比較的高いため、排便コントロールが必要です。内科や循環器の医師の場合、その対処法についてはあまり詳しくないこともあります。便秘を解消するために、医師に処方提案したり、患者に生活指導したりしていると、便秘が改善されるようになりました。最初は苦労しましたが、実績を積み重ねることで他職種との信頼関係を構築することができました。 ──在宅医療の最前線でご活躍されていましたが、その後大学院へ進学されました。どうしてこの道に進もうと思ったのでしょうか。 現場で働く中で、制度や法律によって、なかなかうまく仕事ができないと感じることがいくつかありました。例えば患者宅を訪問する際、居宅療養管理指導料を算定するのですが、限られた時間で生産性を上げることも求められます。でも患者の生活背景などを把握するには時間をかけることも必要です。それについて会社から指摘を受けたことはありませんが、質の高い薬物治療を提供することと企業の利益を生み出すこと、この両方について常に意識して仕事に携わりながら、どこかモヤモヤした気持ちを持っていたのも事実です。薬剤師が介入することで患者から感謝される、とてもやりがいのある仕事だと思います。価値の見合ったフィーをつけることはできないか、制度や政策にアプローチするにはどうしたらいいのか、その一つの答えが私の中では公衆衛生学や医療経済学だったのです。大学院では、薬剤師業務を評価するための足掛かりとなる研究をしていました。 ──現在、慶應義塾大学医学部衛生学公衆衛生学教室HTA公的分析研究室で特任研究員として研究活動に従事されていますが、どんなことをされていますか。 国立保健医療科学院の委託を受けて、指定された医薬品や医療機器の費用対効果の分析を行っています。わが国では、2019年から費用対効果評価制度が導入されています。これは既存薬を対象として費用対効果を評価し、その評価結果を薬価に反映するものです。分析した結果については国立保健医療科学院を通じて国に提出されています。 ──今後の目標を教えてください。  自分の中で大事にしていることは、 EBPM(エビデンスに基づく政策立案)を推進することです。これまで薬剤師の業界は、厚生労働省から「エビデンス作りを」ということ指摘されてきました。その意味で、薬剤師自身が薬剤師の価値を示すエビデンスを作ること、さらに作った後も制度に落とし込めるようにアプローチをしていくことが重要だと思っていますし、そういったことに携われるようになりたいと思います。  このたび日本薬剤師会の理事を拝命しました。各都道府県の薬剤師会の皆様の声に真摯に耳を傾け、さまざまな課題解決に向けて取り組んでいく所存です。    ──日髙さんが考えるこれから求められる薬剤師像について教えてください。  1つは患者の人生に寄り添って最期まで支えること。現場で感じたことは、患者は十人十色ということ。患者がどんな人生を送ってきたのか、どんな価値観を持っているの か、そういったことまで把握して、一人ひとりに合った薬物治療が提供できる薬剤師が求められるでしょう。  もう1つは大学院時代からパブリックヘルスを勉強していて思っていることなのです が、患者の行動変容を促すことが、健康アウトカムの改善につながるということです。行動変容を促すための言葉がけ、すなわちヘルスコミュニケーションを身につけた薬剤師が求められるのだと思います。余談ですが、調剤報酬で新たに算定できる項目が設けられても、相談いただく健康アウトカムが芳しくなければ、いずれその項目が減算されることもあります。 ──最後に薬学生に向けてメッセージをお願いします。  学生の間にぜひ自分の人生を引き上げてくれる人と出会ってください。そして、その人に出会ったら絶対につかんで離さないでください。『ハリーポッター』で言うと、ダンブルドア校長のような半歩先を照らしてくれる人、『ONE PIECE』だったら、ルフィに麦わら帽子を託したシャンクス、『鬼滅の刃』で言ったら、炭治郎を徹底的に鍛え上げた左近次、『僕のヒーローアカデミア』なら、緑谷出久を育てたオールマイトといった存在です。  競技かるたを題材とした漫画『ちはやふる』の中では、「たいていのチャンスのドアにはノブがない。自分からは開けられない。誰かが開けてくれたときに迷わず飛び込んでいけるかどうか…」というシーンがあります。目の前にあるチャンスは絶対に逃さないようにしてください。 日髙玲於(ひだか・れお) 1991年生まれ。北里大学卒業後、株式会社千葉薬品に入社。在宅医療研修を修了後に株式会社フロンティアファーマシーに出向。計5年間従事した後に慶應義塾大学大学院健康マネジメント研究科へ進学し、修士課程を1年間で短期修了し公衆衛生学修士(MPH)を取得、その後、慶應義塾大学医学部衛生学公衆衛生学教室HTA公的分析研究室特任研究員に就任、2024年6月30日より公益社団法人日本薬剤師会理事に就任。

  • 【薬局四方山話】医薬品と食品との境界

    薬事政策研究所 田代健 1 薬局で販売された製品による健康被害 2024年に入ってから、紅麹を使用した健康食品による大規模な被害が問題となっている。亡くなった方もいることから、歴史的な事例として記憶されることになるだろう。そして被害者のインタビューを聞くと「薬局で勧められて飲んでいた」という人もおり、薬局薬剤師にとっては決して無関係とはいえない。しかし薬局薬剤師の側は、医療用医薬品に対する関心に比して健康食品に対する関心が概して低い。映画に出てくるようなどこかの店の用心棒が「銃刀法で規制された銃や日本刀で襲われた場合には一生懸命守りますが、カッターナイフや他の器具で襲われた場合には興味がありませんので、皆さんで勝手にしてください」という態度をとり、押しかけて来る強盗の側もそれを踏まえているとしたら、おそらく用心棒としては使い物にならないと評価されるのではないだろうか。しかし薬剤師が「悪者の安全を守る」という場合にはこのような態度で臨んでいる人も多いようにみえる。 皆さんはスモンやサリドマイドといった薬害の歴史を学んだことはあるだろうか?スモンの原因となったキノホルム(整腸剤)やサリドマイド(鎮静剤)はOTCとして薬局の店頭で販売されていたのだが、当時の薬剤師はこれらの医薬品の安全性についてどのような方法で評価し、どのように販売していたのか、といった点を事後的に検証し、将来の薬害を防ぐための教訓を導き出す、といった議論は管見の限り見たことがない。筆者の地元の先達に間いてみたことはあるが、「触れたくない」「知らなかったのだからしょうがない」という考え方のように感じた。これは「薬剤師が知っていることはネットで調べれば分かることだから、薬剤師の仕事はいらなくなる」という考え方とほとんど表裏一体だ。公表されたデータを無邪気に鵜呑みにするのではなく、一度咀嚼して「メーカーはこう主張しているが自分はこう考える」と評価してこそ、百歩譲っても評価しようと努力してこそ専門家と名乗れるのではないだろうか。そして、消費者・患者にとってこのような専門家の能力がもっとも必要とされるのはOTCがそうである以上に、健康食品の分野だ。 2 日医薬品と健康食品との違い 厚生労働省は、2024年の3月13日に「いわゆる『健康食品』・無承認無許可医薬品健康被害防止対応要領について」という通知を発出しているが、ここでは「いわゆる『健康食品』」を医薬品以外で経口的に摂取される、健康の維持・増進に特別に役立つことをうたって販売されたり、そのような効果を期待してとられている食品と定義している。 話は変わるが、ある製品なリサービスなりのマーケテイング戦略について考える際に、「4つのP」で整理し、これらの組み合わせ(「マーケテイングミックス」という)で戦略を立てることがある。4つのPとは:「Product(商品戦略)」「Price(価格戦略)」「Promotion(販促戦略)」「Place(流通戦略)」だ。この4Pは売り手側の視点から分類されており、「顧客中心ではない」という批判もある。これに対して顧客を起点にしたマーケテイングの枠組みとして、4Cというものが提唱された。これは「Customer value(顧客にとっての価値)」「Customer Cost(顧客が負担する費用)」「Communication(コミュニケーション)」「Convenience(利便性)」の4つだ。 医薬品と健康食品の違いについて、販売者目線の4Pで考えた場合と消費者目線の4Cで考えた場合にどう変わるかを見てみよう (図表1) 。 4Pの目線では、医薬品と健康食品との違いは容易に線引きできる。薬機法で「医薬品に可能なこと」「医薬品に必要とされること」「医薬品を販売するために必要なこと」が明記されているためだ。一方、顧客側の4Cの目線では、医薬品の情報への接触よりも健康食品の情報への接触が多く、的確に判断できないまま購買→使用につながっている場合が多いようにみえる(ドラッグストアの薬剤師であれば違うかもしれないが、筆者が患者から相談を受ける頻度で比較すればOTC:健康食品は1:100といった感じで圧倒的に健康食品に偏っている)。 医療用医薬品に関する情報は、新しい製品ほど豊富になる。例えば学会がありMRも市販後調査を行い、薬剤師も熱心に勉強する。OTCは医療用医薬品の薬理の応用で足りることが多い。このため、患者が薬剤師に医薬品について何か質問して、3日後に答えを聞きに来る、ということになった場合、おそらくどの薬剤師でもレトリックの差はともかく同じような答えを用意するのではないだろうか(あるいは、医師でも、さらにはネットで情報を集めるだけでも)。しかし健康食品について質問した場合には、薬剤師の中でも答えの 品質の差が相当開くだろう。というのも、薬剤師はメーカーなり学会なりが公的に保証した根拠に基づいて情報提供しようとしがちで、それはそれで大切なことなのだが、健康食品の場合は対象となる製品は無制限であり、根拠となる情報が限定され、しかもそれを慎重に吟味することが求められるからだ。さらに実際にその判断を目の前の患者にどう応用するかということも考えなければならない。 エビデンスに基づいた標準的な医療という枠組みの中で薬剤師が提供する情報というものは、トンカツに例えると、大部分が「トンカツとは豚肉200gに卵と小麦粉とパン粉の衣をつけて油で揚げたもの」を「トンカツ」と呼ぶ、といつた部分に相当する。これは「95%の人が同意するはずの最低限のコンセンサス」だ。一方で、健康食品に関して薬剤師が提供することを求められる情報は、「そのトンカツはおいしいのか?」という部分に近い。客観的なデータなどほとんど存在せず、それぞれのトンカツ屋が「当店のトンカツはこんなにおいしいです」というPRをしている。その中で自分の経験とセンスを頼りに、目の前の顧客に合った評価を提供することが求められる。筆者にとっては、このようなサービスで顧客の信頼を得たことによって、「私に合ったおすすめのサプリは何かないか?」と相談されるようになるのが薬局薬剤師冥利につきる瞬間だ。 3 健康食品に関する意思決定と薬剤師 筆者の薬局は「薬局」らしからぬ店構えだとよく言われ、子供に植木屋と間違われたり、古本を売りに持ち込んで来た老人もいたりしたくらいなので、保険調剤以外の相談も日常的に受けている。ということは「処方箋を持っていない患者に商品を売ってもらいたい会社の営業」も気軽に入ってくる。筆者はなるべく時間をとって話を聞き、商品としての価値の根拠となるデータをきちんと揃えてもらうことにしている。 今年の春先に、ある健康食品のメーカーが営業にやってきた。「活性酸素を除去する」という触れ込みなので論文を送ってもらうように頼んだところ、(筆者にとっては)見たことのない雑誌を1冊郵送してきた。参考までに読み解いてみてもらいたい (図表2) 。メーカーは、このような雑誌を薬剤師に送れば納得させられるという経験を重ねて来たのだろう。筆者の場合はこのメーカーに「患者を誤解させることを意図した情報発信をするメーカーとは信頼関係を築けない」旨の返事をして、それっきりなのだが、薬剤師の批判能力はかなり低く見積もられているのではないかと感じた。 図表2 ~どういうことか、考えてみよう~ 皆さんのところに、祖父母くらいの年代の親成でCOPDの治療を受けている人がいて、ある日、健康雑誌を片手に相談に来たと想イ象してみてもらいたい。そこにこんな文章があったとする: 「難治とされるCOPDの患者さんの間で大きな話題を集めているのがXと呼ばれる機能水です。 (中略)かつては医薬品だった測よ、現在は機能水として医療機関で使用され、治癒が望みにくい症状や疾患に対する効果が期待できると高く評価されています。」(これは実際にこの製品Xのメーカーが筆者のところに「商品の説明」として郵送して来た雑誌の記事の一節だ) ここで、この一文が主張しているのは3点: 1.Xはかつて医薬品だつた 2.Xは機能水として医療機関で使用されている 3.Xは治l癒が望みにくい症状や疾患に対する効果が期待できると高く評価されている 筆者の見解では、ここに嘘はひとつもない。ただし、「COPDに苦しんでいる読者の解釈」と「これらの主張の実際の意味」との間には大きなズレがあるはずだ。このズレを読者に説明することはできるだろうか?主張2と主張3は単なる国語の問題なので容易だが、主張1は知識がないと説明できないだろう。 ここに興味のある読者は、戦前のOTCがどう位置付けられていたか、どこで許認可を受けていたか、ということを調べてみるとよいだろう。 4 最後に 今回の紅麹については、今のところ原因はまだ究明されておらず、被害報告のあったロットにだけ検出された化合物が少なくとも2種類以上見つかっているという段階だが、医療用医薬品でもこれまでにバルサルタンなどいくつかの医薬品から、原薬段階での不純物としてN一ニトロソジメチルアミンという発がん物質が検出され、回収されたことがある。このような不純物の問題は、主成分の薬理学的な特性に基づいて理解する副作用とは位置付けが異なるため対応が難しい。大手の原薬メーカーが製造する比較的単純な分子でもこのような問題が生じるということから、菌に由来する製品を発酵技術などの実績のないメーカーが作っても大丈夫なのか?という感覚を、薬学生の皆さんにはこの機会に培ってもらいたい。ついでながら、葛根湯なり防風通聖散なりの製剤を各社が販売するとして、原料となる生薬の表示は同じでもいきなり新規参入して来た製薬会社と、老舗の製薬会社で品質は同じなのか?という疑間を持つ習慣もつけるとよいだろう(営業不振のお好み焼き屋がいきなり看板を付け替えて始めた弁当屋の1枚300円のトンカツと、老舗のトンカツ屋の1枚1500円のトンカツは「同じ」と言って良いのか?)。また、メーカーがマーケテイングに力を入れている会社なのか、製品情報は臨床的に意味のあるものを開示しているのかといった点についてふだんから観察しておくとよいだろう。

  • 【日本チェーンドラッグストア協会】調剤報酬減額に強く反発 - OTC医薬品規制緩和も要望

    日本チェーンドラッグストア協会は、厚生労働大臣と与党議員に対し、調剤報酬の減額措置の見直しやOTC医薬品の規制緩和を求める要望書を提出した。 同協会は、300店舗以上の大規模ドラッグストアに対する調剤報酬の減額措置や、敷地内薬局を持つグループ全体への連座制導入に強く反対している。森信副会長は、「区分けによる減額措置は、実際に行っている調剤業務の内容や地域への貢献度とは無関係であり、不合理だ。現場の実態に合わず、国民の医療アクセスを悪化させる」と指摘。特に、連座制導入については、行政訴訟も視野に入れていると述べ、強い姿勢を示した。 また同協会は与党議員に対し、以下の5つの項目について、OTC医薬品の規制緩和を求めた。 • 第1類医薬品の第2類医薬品への切り替え:ガスター10などの安全性が確立された医薬品について、登録販売者による販売を可能にすることで、国民の利便性を高め、医療費を削減できると主張。 • 検査キットのリスク区分見直し:新型コロナやインフルエンザの検査キット、排卵日予測検査薬など、体外で使用する製品のリスク区分を見直し、セルフメディケーションを推進すべきと訴えた。 • 海外でOTC化されている成分の導入:海外で安全性が認められている成分を日本でもOTC化することで、医療費削減に貢献できると訴えた。 • セルフメディケーション税制の対象拡大:現在の対象医薬品を全てのOTC医薬品に拡大することで、制度の利用を促進し、医療費削減につなげたい考えを示した。 • 薬価の中間年改定の廃止:医薬品の安定供給を阻害するとして、薬価の中間年改定の見直しを求めた。 これらの要望は、高齢化が進む日本において、国民がより手軽に医療を受けられる環境を整備し、医療費の抑制にもつなげることを目的としている。同協会は、今回の要望が今後の政策決定にどのように影響していくのか、注視していく方針だ。

  • 【スタートアップ】母親への恩返しを胸に、薬局経営で独立を目指す薬剤師の挑戦

    いちょう薬局梅島店 薬剤師 内田 睦(うちだ・むつみ) 「自分を育ててくれた母親に恩返ししたい」そう話すのは、東武スカイツリーライン梅島駅から徒歩3分のところに立地するいちょう薬局梅島店(東京都足立区)に勤務する内田 睦さん。 大学時代は、学業と並行して学費や生活費をまかなうために居酒屋で6年間アルバイトをしていた。就職活動では、製薬企業のMRを目指し、最終選考まで進んだものの採用には至らず、薬局に就職した。内田さんは「とにかく早く貯蓄を増やして、母親を楽にさせたい気持ちが強かったのです」と胸の内を明かす。薬局に勤務してからは、不動産投資などを調べていたが、自分の性格にはなじまないと見送った。しかし生活を切り詰めても、学費を返しながら、親への恩返しができない。現状を打破するためには、独立することも一つの手段ではないかと考えるようになり、独立に強いいちょう薬局へ転職したという。   現在は足立東和店と梅島店、柏町店(東京都立川市)で外来と在宅の業務を行いながら、独立に向けて勉強している。レセプト業務や薬局開設の許可申請はもちろんのこと、経営についてもしっかりと学んでいる。例えば、M&Aの案件を見つけて、金融機関から融資を受けるために、資金繰り表を作成して、上司に指導を仰ぐ。資金繰り表とは、経営者が一定期間に得た現金・預金の収入や支出をまとめ、お金の流れを把握する集計表のことで、事業を続けていくためには大切なものだ。内田さん「上司からは、売り上げが立っていても利益が少ないので、販管費を再検討したほうがいいのではといった指摘を受けて、修正していきます。経営のことを学ぶ機会はなかなかないので、とても役立っています」と話す。   ある時、地方に条件のいい案件があった際、独立について上司に相談したが、「いい案件だと思うのだけれども、母親を一人残してお金を送ることが内田くんのしたいことだったの?」と問われたとき、親孝行について真剣に考え、親元を離れてまで独立することは本意ではないと気づかされたという。 独立するまでにやるべきことを聞くと、「『木を見て森を見ず』というようなことにならないように、俯瞰できる力を身につけたいと思っています」と話し、「患者さんや従業員、そして母親を幸せにできる店舗を1つでも増やしていきたいですね」と内田さんは目標を語ってくれた。 取材後記 内田さんは素直で真っすぐな方です。自分の目標に向かって常に全力疾走するのは中々できないことです。「お母さんへの恩返し」が内田さんの唯一の目標であり目的。その手段の1つが「薬局開業」であると。ぜひ目指す目標に向かって走る姿をこれからも応援していきたいです。(薬学ステップ 寺本) ※肩書は取材当時のものです。

  • 【FAPA2024】第30回アジア薬剤師会連合学術大会参加レポート

    串田一樹(昭和薬科大学) (写真1) FAPA2024Seoulの大会長 Kwang Hoon CHOI氏(中央) FAPA60周年を迎える FAPA2024 in SEOUL(第30回アジア薬剤師会連合学術大会:The30th Congress of the Federation of Asian PharmaceuticalAssociations 2024)は、2024年10月29日から11月2日までの5日間、ソウル市の江南(カンナム)地区にあるCOEX(国際会議場/展示会場)で開催されました。今大会のメインテーマは、「The Next Generation of Pharmacists in Asia」です。今回のFAPAの大会は、60周年を迎えており、新たな始まりという特別な意味を共有しています。デジタルヘルス、人工知能、革新的な医薬品開発の分野では、今後10年間前例のないペースで変化すると予想されており、イノベーションがもたらす薬剤師・薬局の未来について持続した活動を取り上げています。 FAPA2024 in SEOUL の大会長は、大韓薬剤師会の会長であるKwang Hoon CHOI氏が務められました。FAPAの設立時のメンバーである大韓薬剤師会は、1968年、1982年、2002年に続き、今回で4回目の開催になります。Kwang Hoon CHOI氏が挨拶の中で、この大会がアジアの薬剤師の未来を構想する祭典となるよう全力を尽くしてまいりますと、強いメッセージを述べられました。また、主催国の大韓薬剤師会の会長としても、韓国の先進的な薬局制度の確立に向けて政府や国会と協議を続けていくと決意を示されました。 (写真1) 参加者は主催国の韓国から329人、台湾266人、タイ247人、フィリッピン243人、インドネシア121人、その次に日本から49人の参加でした。事前の参加登録は20カ国から合計1367人の参加があり、発表演題数は口頭発表189演題、ポスター発表473演題でした。日程上、同じ時期に日本薬局学会、日本医療薬学会が重なったためか、日本からの参加者が予想外に少なかったように感じました。参加者の中には、いつ、日本で開催するのか楽しみにしているという方が多かったようです。 アジアの次世代薬剤師をテーマとする今回のFAPA2024 in SEOULは、従来の役割を超えた、未来の薬剤師の新たなビジョンを議論する機会となっています。このビジョンには、薬剤師の役割を総合的なアプローチに拡大し、対話を重視した指導を通じて、ストレスなどの病気の根本的な原因にも対処することが含まれています。この急速に変化する環境に備えるため、FAPA2024 inSEOULは、アジア諸国の薬剤師および将来の薬剤師が持つべき能力やスキルについて議論し、最新の研究や事例を共有する重要な機会となっています。 Next Generation Pharmacists アジアの次世代の薬剤師・薬局について、今大会では薬局の将来とビジョンについて基調講演の他、薬局を取り巻く社会の革新、薬剤師のプロフェッショナリズムの強化、薬局の進化について議論されました。わが国も同じですが、薬剤師は単に調剤するだけでなく、医療が求められている患者中心の健康管理者として、薬剤師の役割の拡大が求められています。この点は、2015年に公表された「患者のための薬局ビジョン」に示された中で、全ての薬剤師・薬局がかかりつけ機能を発揮して健康サポート機能の拡大につながるように、未病・予防への薬剤師の役割が期待されています。薬剤師・薬局はセルフメディケーション時代を迎え、積極的な支援が求められています。 アジアも高齢社会を迎える中、FAPA2024in SEOULを通して薬剤師がそれぞれの国の社会状況に適応し、専門知識を活用して医療システムを支える一員として一緒に考える機会になっています。今後、薬剤師・薬局がどのように行動するかが問われているのです。10月31日の歓迎会では、韓国の伝統的な筆文字芸術であるソイエによって、メインテーマである「Next Generation Pharmacists」の書道パフォーマンスが披露されました。ソイエは紀元前14世紀に中国で生まれ、西暦200年代後半に韓国に伝わったそうです。漢字は絵文字であるため、その構造要素は常に芸術的であると考 えられ、このジャンルの著名なイ・ジウン氏が行いました。ダイナミックなパフォーマン スで、次世代への強いメッセージを伝統的な書道パフォーマンスで表現した歓迎会でした。 (写真2) (写真2) 韓国の伝統的な筆文字芸術であるソイエ FAPA2024を支える薬学生ボランティア 今回、大会の運営にたくさんの薬学生がボランティアとして協力されていました。その一人であるLee pu-roomさんにインタビューをしました。彼女はDongdukWomen's Universityの3年生です。今回、デジタルポスターの担当をされていて、私たちのポスター発表のお手伝いをしてくれた方で、いろいろ教えていただきました。デジタルポスターは、全てのポスター演題がパネル上で見られるのが特徴で、場所を取らずたくさんのポスター発表が可能です。ただ、一人の方がデジタルポスターを見ている間は次の方は見られないので待つことになります。従来のポスター発表を思い出しながら、また時代が変わってきたと感じる時でもありました。 (写真3) FAPA2024 in SEOULの大会運営には、韓国の薬学生がボランティアとして活躍していました。韓国には37の薬科大学があり、今回、総勢70人くらいの学生がボランティアとして参加していました。韓国には、KNAPS(Korean National Association for Pharmaceutical Students)という薬学生の組織があり、そこからボランティアの応募があったそうです。FAPAは、アジアのいろいろな国から参加されるため、ボランティア採用にあたっては審査が行われます。1次審査では、どうしてこのボランティアを志願したのか、外国語の会話能力や、国際行事に参加した経験があるかなどを聞かれるそうです。1次審査は書類で行われ、それに合格した学生は2次面接を受けます。Lee pu-roomさんは、面接応募申請書に日本語を話すことが得意と書いたので、面接では5分くらい日本語で自己紹介をしたとのことです。大会中は、受付、会場案内、デジタルポスターの操作など、私たちが戸惑っていると、スーッと近くに来てサポートしてくれます。ボランティアの学生さんの細やかな対応には感謝しています。お世話になりました。 (写真4) (写真3) デジタルポスター発表(左から、稲葉先生、天方先生、筆者) (写真4) Lee pu-roomさん(Dongduk Women's University) 参加して感じたこと アジアの各国とも高齢社会が押し寄せているため、薬剤師の役割及び薬局の機能については共通した課題があると思いました。制度設計も含めて社会構造がどのように変わっていくのか、その中で、医療分野はデジタルヘルスの推進、人工知能の導入、コミュニティケア、医療安全、ジェネリック医薬品などに関連する話題が共通していたと感じます。特に、ヘルスケアという概念が共通して語られていたことが印象深かったです。 主催国の韓国は、2025年から超高齢社会に突入するため、今年は「介護統合法」という医療サービスと介護サービスを統合して提供する法律が制定され、日本の地域包括ケアシステムと同じような医療・介護システムの体制が整備されているところです。医師、看護師、薬剤師、社会福祉士、介護職などの多職種が協力して高齢者を包括的にケアする取り組みが始まっています。韓国は日本と同じような状況ですので、今後、日韓の薬剤師交流も活発になるのではないかと考えています。

  • 【薬局四方山話】薬局業務と破壊的イノベーション

    薬事政策研究所 田代健 1. はじめに 最近、薬局業務の境界領域をめぐって、2つの議論がなされている。すなわち (1) 保険調剤業務の外側での「零売」 医療用医薬品のうち、処方箋なしで患者に販売することを禁じられているものを「処方箋薬」と区別するが、それ以外の医療用医薬品、つまり「非処方箋薬」を処方箋なしで患者に販売することを制限しよう、という動き (2) 保険調剤業務の中での「外部委託」 調剤業務は処方箋を応需した薬局が自らの店舗内で完結させることが前提とされるが、一包化などの業務を他の薬局に委託できるように規制緩和しよう、という動きの2つだ。零売は「やむを得ない場合に限る」とグレーゾーン扱いだったのだが、「零売専門薬局」という業態が登場してきたことが問題視され、政府の対応の結果、撤退する薬局が出始めている。外部委託に関しては7月に公表されたガイドラインに沿って大阪府で国家戦略特区を申請するなどの動きがみられる。 経営学者のクレイトン・クリステンセンは1997年に「破壊的イノベーション」という概念を提唱したことで知られている。この概念を通すと「零売」と「外部委託」の見通しがよくなるので、本稿ではこれに沿ってポイントを整理してみたい。 2. 破壊的イノベーションとは何か 製造業の会社A社は、自社の製品Pの品質を少しずつ改善し続けていたとしよう。アップグレードに伴って価格も徐々に高くなっている。これを「持続的イノベーション」と呼ぶ。 A社の長年にわたる改善の結果、もはやユーザーにとってはどこが改善したのかも気にならなくなっていた頃、新興企業B社が市場に参入してきて、Pよりも品質は落ちるけれども価格が安い製品Qを新発売した。A社は「Pの品質を知っているユーザーは品質の悪いQなどを選ぶはずがない」と信じていた。しかし、ユーザーは徐々にQに流れ、ついにA社のPは撤退 を余儀なくされた。 このような事例は枚挙にいとまがない。例えば音楽の媒体では、アナログレコード→CD→MP3と新技術が登場するたびに音質は一時的に低下するのだが、手軽さで市場を刷新してきた。モノではなくサービスとしては、「実際に商品を手に取ることができない」という点で実店舗に劣るといわれたAmazonが「わざわざ店舗にいかなくてはならない」というコストをなくす方向で進化することによってリアルな店舗を消滅させている。このような場合、新製品(サービス)は既存製品の市場を破壊してしまうため、「破壊的イノベーション」と呼ばれる (図表1) 。 ここで、B社が成功する条件は、「A社を刺激しないように、静かに少しずつ市場に入り込むこと」だとされる。そしてひとたびP→Qというユーザーの流出が始まると、A社に勝ち目はない。A社が生き残る唯一の方法は、A社自身が破壊的イノベーションを仕掛けることだ、とクリステンセンは主張した。 医薬品の分類は、この破壊的イノベーションの連鎖の模式図となっている。革新的なイノベーションとして新薬が登場した後、特許が切れれば安価な後発医薬品が発売される。スイッチOTC化すれば受診しなくても薬局で買えるようになる。さらに、薬局に行かなくても通販で買えるようになる。医薬品に付随する情報提供という点で品質は確実に落ちているのだが、購入者にとっては「わざわざ~まで行かなくてもよい」というメリットが品質の低下と いうデメリットを補っている。そして、薬局は「それではサービスの品質を維持できない」と反論するのだが、購入者はそもそも「そのようなサービスの品質を求めてはいない」ため、議論がかみ合わない。 3. 破壊的イノベーションとしての零売 零売専門薬局の登場は、薬局が仕掛ける破壊的イノベーションとなるはずだった。医療機関を受診することと比べれば明らかにサービスの品質は低下するのだが、「受診しなくてもよい」という利便性のメリットによって新しい市場をつくり出そうとしたのだ。医薬分業をめぐる議論では、「病院で処方箋をもらってわざわざ薬局まで行って薬をもらうのが二度手間だ」という意見が出るのだが、破壊的イノベーションの観点からは「薬は薬局にあるのだから、わざわざ病院まで行って処方箋を書いてもらうのが二度手間だ」ということになる。この反論は核心的だからこそ繊細なアプローチが必要で、零売専門薬局はそこで失敗してしまった。 4. 冗長性としての零売 筆者は、薬局の本質は「冗長性」にあると考えている。冗長性とは、あえて無駄を作ることによって安全性を高めるということだ。皆さんがSNSなどで日常的に利用しているクラウドのサービスは物理的には大量のサーバーということになるが、そこに効率的にデータを保存するのであれば、1つのデータを1カ所ずつ、重複しないように保存するのが最善だ。その代わり、火災や故障によって端末が故障してしまえば、そのデータは完全に失われてしまう。そこで、クラウドでは同じデータを複数台のサーバーに分散して重複させながら保存する。一見すると無駄なようだが、大量のサーバーを運用していると一定の頻度で物理的な故障などが発生するため、あらかじめ重複しておくことが必要になる。このような無駄が「冗長性」だ。処方箋の数パーセントが疑義照会で変更されるということは、90%以上の処方箋にとって薬剤師の鑑査は結果的に必要なかったということでもあるのだが、残りの数パーセントのために維持しなければならない、そのために患者が負担する二度手間が「冗長性」だ。将来、皆さんが薬剤師として働くようになると、「霞ヶ関の会議」で有識者が「私は薬局のメリットを感じたことがない」と発言するのを聞くことがあるかもしれないが、それでいいのだ。薬剤師はその場に来られない数パーセントの患者たちのためにいるのだと胸を張ってもらいたい。 零売はこの冗長性と関わっている。なぜ零売がグレーゾーンのまま残されてきたかというと、過去の政策決定者たちは、不測の事態が生じて処方箋なしで医療用医薬品を薬剤師が販売する必要に迫られることがあるかもしれない、と考えた。そして、零売してはいけない医療用医薬品は処方箋薬に指定するという形で制度の余白を残したのだ。 筆者は、今までの薬剤師ができてきたことを、自分たちの不手際のせいで将来の薬剤師ができなくなるということに対して、申し訳ないと思う。薬剤師は、グレーであることに意味がある部分に白黒をつけて、自らの首を絞めるということを何回か繰り返してきた。グレーなものが必ずしも悪いことばかりではないということを申し送りしておきたい。 5. コモディティ化と外部委託 どら焼き屋の若社長が、経営方針で悩んでいるとする。「あんこの味の違いはお客には区別がつかない」と判断して、業務用のあんこを仕入れて使い、代わりに通販やSNSに力を入れて多く売る、というのはひとつの方針だろう。もしも「あんこの味で勝負したい」と判断するのであれば自前で作るべきだ。どちらが正解ということではなく、それぞれのどら焼きにマーケットがある。ただ、あんこの味で勝負したいのであれば、業務用を使ってはいけない。 「メーカーが提供する製品の品質」が「顧客が求める品質」を超えるようになると、競合する製品間が横並びになり、差別化が難しくなることがある。このような事態を「コモディティ化」と呼ぶ。薬局に当てはめると、薬局の品質が横並びで患者はどこにも不満がなく、薬局の区別がつかなくなっている。こうなると「サービスの品質は落ちるが安いあるいは手軽な薬局」が登場して破壊的イノベーションを起こす可能性がある。同時に、薬局側では 経営効率という観点から「コモディティ化した部分は外部委託した方がよい」という発想が生まれる。逆に患者が薬局の質に満足していない場合、あるいは「将来、患者がより高品質なサービスを求める可能性があり、その要求に応えられる体制を整えたい」「品質で差別化したい」という意思がある場合、自薬局で品質改善に取り組むべきだ (図表2) 。 例えば一包化という業務を「もはや改善の余地がなく患者も品質の違いを気にしない」業務用のあんこと捉えるか、「患者の要求に合わせてブラッシュアップしたい」手作りあんこと捉えるか、という評価の違いはあるだろう。調剤業務の外部委託とは、これまで企業単位、店舗単位で進行してきた薬局の統合が業務単位でミクロに進行することでもある。外部委託する側はその業務で勝負することを捨てるわけだが、受託する側にとってはその業務が強みになっていく。そのパワーバランスの推移を踏まえて、自分はどこで勝負したいのかという一貫性が必要だ。 筆者個人としては、薬局のサービスの品質にはまだ「のびしろ」があり、それぞれの薬局がそれぞれの方向性で持続的イノベーションに取り組み、差別化するために投資することができるだけの経営環境を涵養することが患者にとってメリットが大きいと考える。読者の皆さんが薬局に行く機会があったら、その薬局の経営者は保険調剤のどこで差別化しようとしているか、あるいは差別化されることを受け入れているか?という点に注目して観察してみると面白いかもしれない。

  • 【一日一笑】人に寄り添うということ、本当の優しさとは

    医薬情報研究所 株式会社 エス・アイ・シー 公園前薬局(東京都八王子市) 堀 正隆 人に寄り添うとは?本当の優しさって? 腹痛があるため、OTCの鎮痛鎮痙薬を購入希望の患者さん。この方が初めて来局された際、数年前に病院でもらったことがあり、鎮痛鎮痙薬の購入を希望されていた。この方の記録は薬局になかったため、お薬手帳の確認と聞き取りにより医療用医薬品の副作用や相互作用など併用薬等に問題がないと判断し販売をした。 10日程度たった頃、また鎮痛鎮痙薬を購入したいと再び来局。あまりにも早い来局に状況を確認したところ、1回服用すると1日程度症状は治まるため様子をみていたが、手持ちが昨日でなくなり今朝、少し痛みが出てきてしまったとのこと。当初、販売を断ったが、当日はどうしても病院に行けないため、本日使う分だけでもどうしても必要で、明日も症状が出たら必ず病院に行くのであと1回だけ販売してほしいと訴えた。「イレウスなどを起こすといけない」と何度も説明を行い、本当に今回が最後である旨を伝え、2回目の販売を行った。 そこからは、数日たってもいらっしゃらなかったので、その後は痛みが治まったのか。 病院に行って処方箋が出たが口うるさく注意したため、違う薬局に行ってしまったのか…。 私は、当時薬局薬剤師として仕事を開始して2年目だった頃の出来事でこの行動に対して自信も無く、強く言いすぎてしまったかもしれない。もっと違う説明方法、何かできることがあったのではないかなど、自責の念に苛まれていた。 その後、半年程度たった頃のある日の夕方、笑顔で来局され、第一声が「お久しぶりです。イレウスで入院してしまい今朝退院してきました」だった。どうやら、その後も他の薬局で鎮痛鎮痙薬の購入を続けており、結局イレウスを起こし、緊急入院したという。 本人曰く、「いつでも快く販売してくれて、深く詮索してこない薬局が良い薬局だと思っていたが、今回の件でしっかり私のことを思ってくれていた良い薬局はここだったと気付かされた」とのことだった。 その言葉は、寄り添うためには優しく肯定するだけではなく、指摘すべき時にはしっかりと指摘することが本当に大切であると実感させてくれるものだった。 それ以降、この方は利用している薬局を全て当薬局に変更し、私の勤務する店舗が変わってしまっても、その方が在宅訪問になってもこの付き合いは続き、最期までの7年間を一緒に過ごした。 久しぶりに来局されたあの日の、夕日に照らされたその笑顔を今でもふと思い出しながら、今日もまた口うるさく服薬指導を行っている。私の思いが誰かに伝わると信じて。 共感の姿勢とは!? 学生時代、共感の姿勢として「おつらいですね」と添えるようにと習った。この言葉には少し苦い思い出がある。私自身、6年制の3期生としてまだまだ、OSCEの練習なども探り探り行われている状況だった。校内で行われた、練習時の患者さん役として外部からいらっしゃっている方に症状を確認し、その言葉を口にした際、「おい、若造お前に俺の何が分かる」と指摘され、「患者は、おつらいですねなんて言葉が欲しいわけじゃないからな」と患者役の方に指摘を受けた。 その後、その方と練習を行った友人たちに聞いても「おつらいですね」と言ったら「そうなんですよ」と言って症状の説明を始めてくれたと聞き、なぜ私だけ指摘された?と疑問に思って過ごしたのを覚えている。 朝から学生何十人から言われ続け、たまたま言いたくなったところもあったのかもしれない。もしくは、私の納得できない言葉を言わされている状況が態度に出てしまっていたのかもしれない。真相は闇の中だが、非常に良い経験だった。 目の前の方が、自分の家族、自分の大切な人だったら、どんな言葉をかけてあげる?どんな言葉で伝えたい? そう考えた時に出てきた素直な言葉を伝えることが共感につながると思っている。ありきたりな言葉だっていい、極端な話「めちゃくちゃ痛そう!」「想像しただけで、ゾッとする!」などでもいいと思っている。その時には最早、言葉遣いよりも純粋に自分の身近な人やもしくは、自分に置き換えたとき瞬時に出た感覚を伝えることのほうが私は重要だと感じている。もちろん、患者さんの待っている時の雰囲気、会話し始めたときの感覚などによって距離感を使い分ける必要はあるが…。 飾らない素直な言葉を大切にしたほうが私はいいと思っている。 江の島の夕日

  • 【薬局四方山話】医薬品の値段と安定供給

    薬事政策研究所 田代健 この数年間、「医薬品が不足している」という状態が続いているが、その背景には医薬品が「買える値段だが在庫がない薬」と「在庫はあるが高くて買えない薬」とに二極化しているという世界共通の問題がある。 2024年の日本国内の医薬品の売上高は11.5兆円だった。このうち、上位10品目だけで1.2兆円の売上(つまり全体の1割)を占めている。この極端な予算配分のしわ寄せが、特許切れの医薬品(長期収載品や後発医薬品)の限定出荷、出荷調整といった供給問題と直結している。 日本の医薬分業はバブルが弾けた後で本格的にスタートしたため、これまでは「物価は下がる」という環境で誰もが投資を控える中で安定した収益を期待できることを強みとして成長してきた。今、日本の「調剤薬局」は初めて物価上昇を体験しており、さまざまな費用が増えても収入は固定されたままの報酬体系でしのがなければならない。 財務省は、鵜の目鷹の目になって保険給付を節約できる項目はないかと探しており、最近では薬価について2年おきではなく毎年改定することを求めている。薬価収載品の実勢価格(医療機関や薬局に納入される価格)を毎年調査し、薬価差益(薬価と実勢価格との差:これがあれば医療機関や薬局の利益になる)を少しでも切り詰めることによって薬剤費の支出を減らすことが目的だ。医療業界や製薬業界にしてみれば、高いお金を払って在庫を確保しているのに、新年度を迎えるごとに価格を引き下げられてしまうというのは負担が大きく、隔年に戻すことを訴えているのだが、納得できる理由もなく存続している。 政府は薬剤費を抑えるために「後発品の使用率を海外並みに引き上げたい」という目標を従来から掲げていたのだが、医師・薬剤師側は「後発品の品質と安定供給に懸念がある」という理由であまり積極的には切り替えてこなかった。そこで診療報酬や調剤報酬で後発品を使うと加算が取れるように誘導した結果、多くの薬局がそれまでの懸念を無視して後発品を使い始めた。この需要の急増にメーカーが対応しようとして品質管理が疎かになったため、まさに品質と安定供給の問題が火を吹いているのが現状だ。 そもそも、薬剤費はそんなに危険な増え方をしているのだろうか? 実際の伸びを見ると、2025年度の医療費全体の規模は42兆円で、この7年間に1.5兆円近く増加したのだが、その中で薬剤費の増加額は2000億円にすぎない。増加率も医療費全体の増加率(3.62%)より低い(2.25%)。これは保険薬局が後発品の切り替えを進めたことの成果で、薬剤師はこのことをもっと強調して良い。ただし、それが調剤報酬による誘導で需給バランスを欠いた動きだったことはしっかり検証する必要があると思う。 後発品の薬価は、最初は先発品の半額程度で設定され、その後実勢価格に合わせて改定を受けていく。 薬局からは「薬剤費を抑えることが目的であれば、後発品の普及率を上げるよりも先発品と後発品との薬価を揃えてしまう方が早いのでは」という意見があったが、実現することはなかった。ここにきて一部の品目について「基礎的医薬品」や「安定確保医薬品」というカテゴリーが設けられ、ある程度薬価を維持するという仕組みが動き始めた。 下の表は、厚生労働省が毎日更新している医薬品の供給状況で、5月30日時点のデータだが、先発品は通常出荷の割合が高く、後発品は低い。今のところは基礎的医薬品などの通常出荷率が改善している様子はないのだが、今後の動きに注目したい。 今の政府の社会保障の議論は、「お爺ちゃんが病気をして、毎月の治療費が大変なことになっている」という時に、その治療費をお爺ちゃん自身の年金から払うか、息子の給料から払うか、あるいは美容院に行く回数を減らすかというような内容のものが多い。しかし個人ではなく家計全体を考えると、まずは家計の収入を増やさないことには根本的には解決できない。つまり、事態を打開するには「息子の収入をどう増やすか」を考えることが必要だ。日本が高齢化社会の先頭を走っているということは、それだけ国際的なビジネスチャンスが待ち受けているということでもあり、それを日本経済の成長に結びつけるようにどのような分野にどう投資するか?ということが政策としての議論でなければならないはず(家族の例に戻ると、お爺ちゃん用に便利な介助グッズを考案してネットで販売すれば治療費が賄えるかもしれない)で、皆さんには「今は若い国々が将来まねしたくなるような日本の高齢化社会」をデザインするということを期待したい。

  • 【くすりの適正使用協議会】「信頼できる情報を届けるためには」医薬品情報の現状と未来

    2025年6月10日、一般社団法人くすりの適正使用協議会は、2025年協議会講演会を開催し、「くすりのしおり」の現状、協議会活動、そして最新の安全対策の動向について報告した。 協議会活動の進捗と「ミルシルプロジェクト」の成果 講演の冒頭で、同協議会理事長の俵木登美子氏より、この1年間の協議会の主要な活動と「くすりのしおり」への患者向け資材の連携状況、今後の展望について報告があった。同協議会は現在、3カ年の中期活動計画の最終年度を迎え、「信頼できる情報を届ける基盤の強化と情報の充実」を目標に掲げている。特に、これまでの活動で構築された「ミルシルプロジェクト」による信頼性の高い基盤を活用し、情報の質と量の充実を図っている。 各委員会の活動報告では、多岐にわたる取り組みが紹介された。薬剤疫学委員会は、明治薬科大学の赤沢学氏の指導の下、国立成育医療研究センターとの共同研究やMDVからのデータ提供による研究を進めている。特に、妊娠中の医薬品使用に関する研究成果は国際的な英文文献誌『Drug Safety』に掲載され、「妊娠中でも安心して必要な情報が伝わる社会へ大きな一歩を踏み出せた」と報告された。くすり教育・啓発委員会では、学校でのくすり教育支援として、出前研修や小学生向けのショート動画の活用が進んでいる。また、20年ぶりに小学生向けモデルスライドが全面改訂され、クイズ形式を取り入れるなど、子供たちの興味を引く工夫が凝らされた。さらに、一般への啓発活動として、患者が服薬後の状況を薬剤師に相談することの重要性を伝えるデジタルサイネージコンテンツや、介護現場での「介護と服薬あるあるマンガ」が作成・公開されている。 くすりのしおりコンコーダンス委員会は、「くすりのしおり」の機能改善として、「やさしい日本語」への変換を推進し、在日外国人の方々にも理解しやすい情報提供を目指している。英語版の作成も70%を超え、さらなる充実が図られている。また、薬剤師の服薬指導におけるフォローアップの実態調査を行い、「くすりのしおり」の活用がフォローアップの質の向上につながることが示唆された。先進医療製品適正使用推進委員会は、バイオ医薬品の適正使用啓発活動として、各種学会でのブース出展や啓発資材の配布を行っている。がんや自己免疫疾患に関する漫画シリーズの改訂や、薬学生向けの講義用教材の2025年版への更新も行われた。特に、患者向けのバイオ医薬品啓発動画が6月11日に公開され、自己注射など複雑な使用方法の理解促進に貢献することが期待される。 動画でわかるバイオ医薬品 「くすりのしおり」の現状と未来の展望 「くすりのしおり」は月間約500万PV(ページビュー)を記録し、その多くは患者や家族が閲覧しているとのことである。「ミルシルプロジェクト」によって、「くすりのしおり」に連携している患者向け資材は着実に増加しており、現在、全掲載しおりの約4分の1に何らかの患者向け資材が紐付けられている。資材の内容は医薬品情報が86%と圧倒的に多く、その他に疾患情報や高額療養費などの関連情報も提供されている。資材の形式はPDFが最も多く、電子カルテへの連携を考慮した形式が推奨されており、ホームページコンテンツや、目薬、吸入剤、自己注射薬などの「使い方」を説明する動画も増え、患者が自宅で確認する際に非常に役立っていると報告された。 特に、昨年6月の調剤報酬改定で加算対象となったRMP資材については、現在84点が「ミルシルサイト」に掲載されており、今後さらに多くのRMP資材を掲載することで、患者・薬剤師双方にとって利便性の高いサイトとなることが期待されている。 薬剤師からは、「吸入剤の指導の際に使い方を印刷して使っている」「メーカーの適切な資材をサイトからプリントアウトできるので便利」といった活用例が紹介された。また、患者へのアンケートでは、20%の患者が患者向け資材のタブをクリックし、そのうち84%が情報が参考になったと回答しており、患者が本当に求めている情報が提供できていることが示唆された。 最後に、今後の展望として、「ミルシルサイトのプラットフォーム」が医療機関や薬局、そして患者にとっての医薬品情報のハブとなることを目指していると述べられた。具体的には、レセコンや電子カルテ、介護システムへのデータ連携をさらに強化し、各社のホームページに個別に情報を取りに行く手間をなくすこと、そして、紙の手帳から電子的な手帳への移行を促進し、オンライン服薬指導など多様な形式での情報提供を可能にすることを目指している。 俵木氏は、「患者に信頼できる情報を届けるために、『くすりのしおり』の充実が重要」と強調し、さらなる情報掲載への協力を呼びかけた。

  • 【大木ヘルスケアHD】2025年秋冬カテゴリー提案会を開催:危機感共有と変革への提言

    松井氏 大木ヘルスケアホールディングス株式会社は、2025年6月17日から18日にかけてTRC東京流通センターで「2025秋冬用カテゴリー提案会」を開催し、2日間で約1,800人が来場した。同社が長年掲げる「新しい売上、新しいお客様を作る」というテーマのもと、今回の提案会は日本の抱える深刻な社会課題への危機感を強く打ち出し、ヘルスケア業界全体での変革を促す内容であった。 日本が抱える課題と危機感の共有 提案会では、日本の未来を左右する最も大きな要因として、人口減少、高齢化、労働力不足が強調された。これらの問題は、マーケットの縮小や税収の減少といった負の影響をもたらすだけでなく、現行の医療保険制度の維持も困難になる可能性が指摘されている。特に、20代から30代の女性人口の減少は、地方自治体のインフラ維持、ひいては地域社会の存続に直結するとの強い危機感が表明された。同社は、これらの課題に対し、業界全体で危機感を共有し、具体的な行動を起こす必要性を強く訴えた。 地域包括ケアシステムの現状と今後の方向性 2003年の健康増進法と2005年に発表された地域包括ケアシステムの考え方にも言及があった。健康増進法は「自分の健康は自分で維持する」という個人の努力義務を、地域包括ケアシステムは「自助」「共助」の精神で地域を支え合うことを目指している。 しかし、「2025年」という目標を掲げながらも、地域包括ケアシステムの具体的な形はまだ不十分であると指摘された。代表取締役社長執行役員の松井秀正氏は「当時の危機感が共有されず、個人や地域が自ら行動を起こすという意識が低かったのではないか」と分析した。 大木ヘルスケアHDは、地域包括ケアを単なるボランティア活動ではなく、「ビジネスとして継続可能な地域インフラ」として構築していくことを提案した。商品を販売する小売業が地域の健康インフラを担う中心的な役割を果たすこと、そして企業の従業員健康維持管理も重要な課題として、地域の中小企業と小売企業が連携して取り組む必要性を示唆した。 地域包括ケアとして健康イベントを実施 地方自治体と企業の連携事例 すでに、地方自治体と小売企業の連携、および企業の従業員健康サポートの取り組みが始まっている。 地方自治体との連携事例としては、アカカベが買い物難民に対応した店舗を展開し、ツルハドラッグやサッポロドラッグストアーが離島や過疎地域で行政と連携し、土地や建物の提供を受けて店舗展開している。また、大木ヘルスケアHDのグループ企業である奈良ドラッグが市役所内に物販スペースを設置するなど、地方自治体が企業と連携し、インフラ維持のために随意契約を進めるケースが増加している。 企業の従業員健康サポート事例としては、大手企業の健康保険組合が従業員の医療費削減プログラムを導入しているほか、サンロードが地域の中小企業と提携し、割引で健康維持サービスを提供している。さらに、サッポロドラッグストアーも約300社、15万人と契約し、デジタルクーポン発行で従業員の健康管理をサポートしているという。これらの事例は、地域の中核を担うドラッグストアが、健康に関する多様な取り組みをすでに開始していることを示している。 「売れる商品」ではなく「やるべきこと」に焦点を当てた提案会 今回の提案会では、一般的な展示会でよくある「最近売れている商品は何か」という問いに対する具体的な商品の紹介は少なく、むしろ、「これからやるべきこと」「トレンド」「方向性」に焦点を当てた内容となっている。これは、大木ヘルスケアHDが「メーカーからの収益モデル」ではなく、「やるべきこと、やりたいこと」を優先しているためである。 大木ヘルスケアHDは、この提案会を通じて、業界全体が危機感を共有し、変革へと向かうきっかけとなることを期待している。アメリカのウォルグリーンを例に挙げ、日本のドラッグストア業界も現状維持では立ち行かなくなる可能性を示唆し、変化の必要性を強調した。 松井氏は「この提案会を『問題解決』や『自己変革』のヒントにしてほしい」と呼びかけた。 大木ヘルスケアHDの提案会が、今後のヘルスケア業界、ひいては地域社会のあり方を考えるうえで、どのような示唆を与えてくれるのか、注目される。 介護食品の売り場展開 「たんぱく迷子」に向けた売り場提案 フェムケアコーナー miguちゃんがsnsで情報発信  https://migu.laughbase.co.jp/   https://x.com/LAUGHBASE_jp   https://www.instagram.com/migu_femcare_official/   男性更年期の理解を深め、フェムケアの普及を図る。 SNSで話題の「風呂キャンセル界隈」は、お風呂を面倒に感じる女性たちのこと。そんな「風呂キャン」を解消するため、手軽に清潔を保てるアイテムを展開

  • 【スタートアップ】薬剤師としての成長と独立への挑戦

    いちょう薬局株式会社 薬局 クスっと 管理薬剤師  氏家大我(うじいえ・たいが) 東京都世田谷区の用賀駅から徒歩8分のところにある「薬局 クスっと」で管理薬剤師を務める氏家大我さん。氏家さんのキャリアは、薬剤師として働く母親の姿に影響を受け、医療の世界を志して薬学部へ進学したことから始まった。 「大学生活は楽しかったですね」と、氏家さんは振り返る。軽音部やスノーボードサークルに所属し、アルバイトにも勤しんだ。忙しいながらも、学業とプライベートのバランスをしっかり保ち、充実した日々を送っていたようだ。 薬剤師としてのキャリアを考えるうえで、大きな転機となったのは大学5年次の実務実習だった。コロナ禍と重なった病院実習は、オンライン対応や患者との接触制限もあり、思うように経験を積めなかったと話す。しかし、薬局実習ではさまざまな患者と接する中で、氏家さんの知的好奇心は大いに刺激された。当初はドラッグストアを視野に入れていたが、自身のライフワークバランスを重視した結果、薬局に絞って就職先を探したという。 氏家さんが就職先を選ぶうえで重視したのは、次の4点だった。独立の実績があること、社風が自由で明るい雰囲気であること、自身が東京出身なので、都内で働けること、そして副業が認められていること―である。 入社後、氏家さんは自ら希望して新卒採用担当という社内副業も兼務することになる。「新しいことに挑戦したいという思いがあったからです」と、その理由を語る氏家さん。現在、薬剤師業務と並行して採用業務を行っており、週に6日ほど働くこともあるが、充実した日々を送っているという。 新卒採用担当として、氏家さんは「学生にミスマッチのない就職をしてほしい」という強い思いを抱いているという。安易に大手企業を選んで早期に転職する友人を多く見てきた経験から、学生には自身の性格や将来の展望に合った会社を慎重に選んでほしいと願っている。採用活動のやりがいについては、学生が入社を決めてくれた時に喜びを感じると語り、特に、来年入社予定の2人の内定者のうち、1人が内定を受諾してくれたことは大きな喜びだったようだ。 一方で、中小企業ゆえの認知度の低さは課題だと感じている。「大手には知名度で劣るため」と、氏家さんは会社の魅力をいかに学生へ伝えるか日々奮闘している。「独立を考えている学生や、大手志向ではない学生、プライベートも充実させたいと考えている人たちに響くような取り組みをしていきたい」と語り、明確なターゲット設定で質の高いマッチングを目指している。最近では、SNSでの動画配信など、会社の露出を増やす努力も続けている。 将来的な目標として、「いずれは自分の夢である独立」を掲げる氏家さん。現在、管理薬剤師として、医薬品の在庫管理や部下のマネジメントなど、薬局運営に必要な知識と経験を積んでいる。自身は「あまり怒れないタイプ」だと認識しているが、遅刻してきた部下への対応をきっかけに、リーダーとしての厳しさも必要だと感じ、改善に努めているという。また、採用業務に携わることで、氏家さんは人を見極める目を養うことにも意欲的だ。特にこれは将来、自身が独立した際に役立つスキルだと捉えている。「薬局 クスっと」の開業にも携わり、薬局の設計段階から関わることができた経験は、将来の独立を考えている氏家さんにとって貴重な学びとなっている。 薬局 クスっと 最後に、独立を考えている学生に向けて、氏家さんはメッセージを送る。「当社では20代で独立された先輩もいます。独立を考えている方は当社に気軽に相談してほしいですね」と呼びかける。「薬局 クスっと」では、独立した先輩薬剤師が週に一度薬局に来ており、「生の声」を聞くことができる環境があるという。独立後の苦労話や、人材確保の難しさなどを直接聞くことで、独立に向けた具体的なリスクマネジメントや独立するまでの道筋が分かると氏家さんは語る。独立後も会社とのつながりが途絶えることなく、相談できる関係性があるのは、同社の大きな強みであり、独立を目指す者にとって非常に恵まれた環境だと言えるだろう。 氏家さんのキャリアパスは、自身の経験と探求心に基づき、常に進化を続けている。 取材後記 独立開業に向け奮闘中の氏家さん。今は薬剤師として成長中ですが、同時に薬剤師の採用についても学んでいます。薬剤師としてのみならず採用・マネジメントと多岐にわたる業務を行っているのには驚かされました。1年後、2年後が非常に楽しみです。(薬学ステップ 寺本)

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