マルホ創業110周年企画『昭和万葉俳句集』にみる戦後の記憶
- toso132
- 8月5日
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2025年は、終戦から80年、マルホ株式会社にとっては創業110周年を迎える記念すべき年である。この節目の年に、マルホは1985年に発行された『昭和万葉俳句集』および『昭和万葉俳句前書集』をあらためて紹介している。
これらの俳句集は、終戦の日である昭和20年8月15日に対する個々人の想いや記憶を表現したもので、全国から集められた1万句以上の俳句と、それに込められた背景を記した4,000件以上の前書きで構成されている。
戦争の記憶を後世に伝える俳句集
『昭和万葉俳句集』は、生命(いのち)を大切にするというマルホの価値観を象徴するものだ。これらの俳句集は、過去に全国の主要な図書館に寄贈されており、現在でも閲覧できる施設がある。
またマルホは今回、大阪城公園内にある資料館「ピースおおさか」にもこれらの俳句集を寄贈した。「ピースおおさか」は、大阪空襲の犠牲者を追悼し、戦争の悲惨さと平和の尊さを伝えることを目的とした施設である。同館の図書室では、マルホが寄贈した俳句集をはじめ、戦争や平和に関する多くの書籍を閲覧することが可能となっている。
俳句に込められた一人ひとりの記憶
俳句集には、当時の状況を克明に伝える前書きとともに、人々の感情が五・七・五の短い言葉に凝縮されている。以下に、その一部を抜粋して紹介する。
・夏雲か 北山か視る 片方の眼
広島の原爆後、続々と京都医大病院に青ぶくれの患者が来て、原子爆弾とは知らされず、栄養失調の浮腫とは違う溺死者の如き全身浮腫に、地獄の使者かとばかりいぶかり、手当てをしました。暑く長い八月のむっとする病室内で、不思議なほど人達は沈黙しておりました。
・少年の笑顔が泪 夏終わる
徴兵検査前の私は、農業に従事中。郷土防衛隊結成の召集を受け、その朝生家を出発、交通途絶、敵機飛来の中を四街道駅より佐倉市に馳せつけたが、正午の玉音放送によって防衛隊は瓦解離散した。私はその渦中にいた。
・炎天に 還らぬいのち 飛び立てる
昭和20年8月15日の夜、沖縄の空襲警報が発せられ傍受。大分航空基地からあえて飛び立った数基の「彗星」艦爆、最後の特攻隊である。私は、基地内にある防空壕内の通信所で、茫然たる思いでこれを聞いた。失意の中の決別であった。
・美しきかりき 原爆雲の映え
私は広島県の山合いの傷疲軍人療養所(現、国立療養所広島病院)で終戦を迎えた。病棟をよぎった閃光のあと、しばらくして西の空に上がったきのこ雲が原爆雲であった。その療養所には今も友人が療養を続けている。入院費用は未帰還者...援護法を適用されて。
・軍規説く 隊長吃る 終戦日
広東省北方警備中、転進下命南昌に向け夜行軍。南昌北方約五里の部落で終戦を知る。作戦中各人には常時自決用として手榴弾1個が渡されていた。終戦時何人かの将校が自決した。自分は一人息子(3歳)の写真だけは肌身離さず持っていた。
これらの俳句と前書きは、戦争という時代を生きた一人ひとりの「いのち」の重みと、平和への願いを現代に伝えている。マルホのウェブサイト(持続的な成長の基盤 > 社会 > 社会貢献)では、デジタルブックとして80句を抜粋して紹介しており、当時の人々の記憶に触れることができる。
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