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言葉なき家族を救う「薬学」のフロンティア―日本獣医療薬学協議会 代表理事・櫻井浩子さんに聞く、獣医療×薬学の可能性と多職種連携の未来

10 時間前
読了時間: 8分

(一社)日本薬学生連盟広報部では、一般社団法人日本獣医療薬学協議会で代表理事を務める櫻井浩子さんにお話を伺いました。日本獣医療薬学協議会の活動、獣医療における薬学の役割、動物との向き合い方について語っていただきました。

(取材:東京薬科大学4年 庄司春菜、大阪医科薬科大学5年 塚本有咲、高崎健康福祉大学5年 浅井理沙、金城学院大学3年 柘植風果、金城学院大学3年 渡辺あけみ)


なぜ今「獣医療×薬学」なのか? 専門職の垣根を越えたプラットフォーム設立の背景

―一般社団法人日本獣医療薬学協議会を設立したきっかけを教えてください。

近年、伴侶動物(ペット)は単なる「飼い犬・飼い猫」を超え、家族の一員としての存在感を強めています。それに伴い、獣医療の高度化・細分化が進み、高齢化する動物たちの慢性疾患管理など、薬物療法の重要性が急速に増してきました。しかし、獣医療の現場では、獣医師が診察・診断から調剤、服薬指導までを一手に担うケースが多く、医薬品管理や安全対策に関する負担が非常に大きいのが実情です。

一方で、薬剤師はヒト医療において薬の専門家として活躍しているものの、獣医療や動物用医薬品に関する教育を受ける機会が限られており、連携のハードルが存在していました。

獣医師、愛玩動物看護師、そして薬剤師という異なる専門職が垣根を越えて連携(多職種協働)し、薬物療法の安全性向上や動物福祉(アニマルウェルフェア)の推進に寄与するプラットフォームが必要であると考え、当協議会を設立いたしました。


―日本獣医療薬学協議会では、どのような活動を行っていますか。

主な活動として、以下の柱を中心に展開しています。

  • 多職種連携の推進・学術活動:獣医師、愛玩動物看護師、薬剤師が集うフォーラムやシンポジウム、セミナーなどを開催し、最新の学術的知見を共有・議論する場をつくっています。

  • 教育・啓発活動:薬剤師向けに、動物の解剖・生理・薬物動態、服薬支援などについて学べるeラーニング講座を提供しています。

  • 認定資格制度の運用:獣医療と薬学をつなぐ専門的な知識・技能を担保するため、認定教育プログラムおよび資格付与の仕組みづくりを進めています。将来的には「認定動物薬剤師」の創設を目指しています。


―獣医療に関心はあるものの、知識や接点がないと感じている薬学生や薬剤師に向けて、どのようなサポートや学びの場を用意していますか。

当協議会では、「何から学べばよいか分からない」という初心者の方でも無理なく学べるステップを用意しています。基礎的な動物の薬理・薬物動態を学べる入門的なeラーニング講座やセミナー・フォーラムの開催に加え、基礎知識をまとめた書籍の刊行やWebコラムの連載も行っています。


「動物医療」と「薬物療法」の実際

―人間と動物で薬物動態や使用量がどのように違い、どのように判断していますか。また、薬物治療のデータがない動物への対応はどのように決定していますか。

動物種によって、代謝経路や酵素活性、受容体の分布が大きく異なります。代表例として、猫はグルクロン酸抱合能が極めて低いため、ヒト用の解熱鎮痛薬であるアセトアミノフェンが重篤な中毒を引き起こします。また、犬においてもイベルメクチン感受性(コリー系などのMDR1遺伝子変異)をはじめとする種特有の代謝特性があります。そのため、単純に体重換算(体重あたりの投与量)だけでヒトの薬を流用することは非常に危険です。

基本的には、動物用医薬品として承認されている用量・用法、あるいは獣医学的なエビデンス(獣医学術論文や海外の薬用量ハンドブックなど)に基づいて判断します。データが乏しい動物種やエキゾチックアニマル(犬、猫以外の動物)などへの対応では、系統分類学的に近い動物種での知見や類似化合物の動態、解剖・生理学的特徴を慎重に精査します。そのうえで、リスク・ベネフィットを飼い主様へ十分に説明し、最小有効量からの漸増投与や綿密なモニタリング(血液検査、臨床症状の観察)を行って判断します。


―動物は会話ができませんが、どのように自覚症状を把握し、QOL(生活の質)の改善につなげていきますか。

動物は言葉を発しない代わりに、姿勢、表情、歩行、食欲、飲水量、排泄状態、そして「日々のちょっとした仕草の変化」を通じて状態を伝えてくれています。QOLの改善において最も重要なパートナーは、動物の日常を最もよく観察している飼い主様です。ペインスコア(痛みの評価基準)やQOL評価スケールを活用しながら、飼い主様からの丁寧な聞き取り(「以前と比べて段差を嫌がらないか」「毛づくろいの頻度はどうか」など)と、身体診察・各種検査数値を総合的に照らし合わせます。単に「病気の数値を治す」だけでなく、「その子が苦痛なく、家族と穏やかに過ごせているか」を共通のゴールとして治療を組み立てます。


―動物を相手にする仕事において、人間を相手にする仕事とは「ここが違う」、あるいは特に気をつけていることはありますか。

大きく2点あります。 第1に、「患者本人」と「意思決定者・投薬実行者(飼い主様)」が分かれている点です。動物に対するどんなに優れた治療方針も、飼い主様の理解や生活リズム、経済状況、そして「その子に上手に薬を飲ませられるか(投薬の容易さ)」に合致していなければ成立しません。治療の成功には、飼い主様との強固な信頼関係とコミュニケーションが不可欠です。また、場合によっては安楽死という選択肢が提示されることも、人間の医療とは大きく異なる点です。

第2に、動物にとって病院は恐怖や緊張の場になりやすい点です。ストレスを最小限に抑えるためのハンドリング(Fear Freeの理念など)に配慮し、診察時のバイタルサインや検査結果が「緊張や興奮によるもの」なのか「真の異常」なのかを慎重に見極める必要があります。


―動物実験の規制や条件が厳しくなってきている印象があります。人間の治療に対する研究において動物実験は不可欠とされますが、どこまで実施してよいと考えますか。

現代の医学・薬学研究における動物実験の根幹は、世界共通の倫理原則である「3R(Replacement:代替法の利用、Reduction:使用動物数の削減、Refinement:苦痛の軽減)」の徹底に尽きます。 ヒトや他の動物の生命を救う医薬品の開発において、現在の科学技術では、生体全体の複雑な生体反応・毒性を予測するために動物実験を完全になくすことが難しい場面もあります。

しかし、「目的のために動物をいくら使ってもよい」という時代は過去のものです。実施の許容範囲は、「他に代替手段(iPS細胞、オルガノイド、コンピューターシミュレーションなど)がどうしても存在せず、その研究がもたらす生命・健康への貢献が真に正当化される最小限の範囲」に限られるべきです。

また、実施にあたっては適正な倫理審査委員会の承認を経て、麻酔・鎮痛の適切な処置や安楽死基準の人道的な設定など、動物福祉への配慮が厳密に守られていることが前提条件となります。


―獣医師が薬剤師に求める役割やスキルは何でしょうか。

動物用医薬品だけでなく、ヒト用医薬品の獣医療現場での適応外使用が増えている中、「高度な薬物動態学・相互作用の知識」と「剤形加工や調剤の専門的知見」です。 例えば、「ヒト用の錠剤が大きすぎて猫に飲ませられない場合の粉砕・分包や懸濁化の可否」「賦形剤に動物にとって有害な物質(キシリトールなど)が含まれていないかの確認」「複数薬の配合変化や併用リスクのチェック」など、薬剤師ならではの視点による提案や疑義照会は、非常に心強い支援となります。

さらに、動物の生理・代謝の特殊性を学ぼうとする柔軟な姿勢と、獣医師や愛玩動物看護師、飼い主様の立場を尊重して対話できる協調性・コミュニケーションスキルを強く求めています。


言葉なき家族の幸せを守る――未来を切りひらく薬学生へのメッセージ

―これから動物の医療に関わりたいと考えている薬学生に対して、まず何をすることを勧めますか。

まずは、ヒトと動物の「生体・生理・代謝の違い」に興味を持つことから始めてみてください。大学の薬学カリキュラムで学ぶ薬理学や生化学、薬物動態学の知識は、動物医療を理解するための強固な土台になります。「この薬はヒトではグルクロン酸抱合されるが、猫ではどうなるのか?」「犬とヒトで消化管構造やpH、通過時間はどう違うのか?」といった視点を持つだけで、動物医療の見え方が大きく変わります。

また、当協議会が開催するセミナーやフォーラムへの参加、関連書籍の購読などを通じて、獣医療現場で今どのような課題が生じているのかを知り、アンテナを広げてみることをおすすめします。


―獣医療×薬学に関心を抱いている薬学生へ、メッセージをお願いします。

動物医療における薬物療法は、これまで獣医師が診療の合間を縫って担ってきた領域であり、薬の真のスペシャリストである薬剤師の力が最も切望されているフロンティアの一つです。

皆さんが学んでいる薬学の専門知識は、人間の命を救うだけでなく、言葉を話せない動物たちを苦痛から守り、その動物を家族として愛する飼い主様の笑顔と幸せを守る大きな力になります。獣医療と薬学の架け橋となり、多職種と手を取り合って新しい医療の形を切り拓いていく、熱意ある皆さんのチャレンジを心から応援しています。


・一般社団法人日本獣医療薬学協議会 https://jvpsc.or.jp/


●獣医療薬学フォーラム2026

・開催日:2026年11月28日(土)18時~(17時半受付開始)

・開催地:KAITEKI CAFE 

東京都千代田区大手町1-6-1大手町ビル1階)

・会費:会員6,000円、非会員8,000円

一般社団法人日本獣医療薬学協議会事務局

〒104-0032 東京都中央区八丁堀3-14-4 直平ビル2F

E-mail:info@jvpsc.or.jp

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