top of page

医療体験の変革へ、カケハシが提示する未来の薬局像



株式会社カケハシは創業10年目の節目を迎え、医療・薬局業界のリーダーたちが一堂に会する「Pharmacy Leaders Day 2026」を開催した。今回のテーマは「突き抜ける、変革期のその先へ」である。労働人口の減少や社会保障の構造的課題、そして急速に進化するAIテクノロジーを前に、これからの薬局や薬剤師がどうあるべきかについて、多角的な視点から深い議論が交わされた。  


●社会保障の危機感とテクノロジーの必然性

開会の挨拶に立ったカケハシ代表取締役社長の中尾豊氏は、創業時から掲げている「日本の医療体験をしなやかにしていきたい」というミッションへの思いを語った。患者の体験向上だけでなく、働く医療従事者の環境改善や持続可能性の追求がその根底にある。中尾氏は中尾氏は28歳の当時、社会保障の構造的課題に対して破綻への強い危機感を抱いており、現在の日本はまさにその瀬戸際に立たされている状況にあると指摘した。 

このような状況下で台頭してきたAIは、まさに産業革命とも言えるほどのインパクトを持つテクノロジーである。中尾氏は、社会保障に関わるこの業界がテクノロジーをどう活用し、オペレーションや患者への提供価値を改善していくのか、今まさに正面から向き合うべき変革期に達しているとした。  

一方で、事業を通じて「テクノロジー単体では世の中を変えられない」という事実にも気づいたという。特に社会保障領域においては、政治や行政、現場の付加価値のエコシステムが重要であり、国や財政の現状、アカデミアとの連携を踏まえたうえで、薬剤師業界の方向性を常にアップデートしていく必要があると強調した。 


中尾氏
中尾氏

●AI時代における人間の役割とマインドセット

スペシャルセッションとして株式会社圓窓代表取締役であり武蔵野大学アントレプレナーシップ学部専任教員でもある澤円氏が登壇し、「AI時代に人は何をすればいいのか」と題し、これから必要となるマインドセットを独自の切り口で提示した。

  

コロナ禍がもたらした「不可逆」な変化と価値の変容

澤氏は、新型コロナウイルス感染症がもたらした最大のインパクトとして、データ通信の活用により「会社にいること」と「仕事をすること」が切り離された点を挙げた。コロナ禍が明けて出社する人が増えたとしても、「リモートワークという選択肢がある」と知った状態は元には戻らない。この手の変化を「不可逆」と呼び、過去の常識に縛られない重要性を説いた。  

また「AIは人間の仕事を奪うのか」という不安に対し、澤氏は1839年の実用写真技術(ダゲレオタイプ)の登場を例に引いた。当時は画家たちが「絵画は死んだ」と絶望したが、結果として画家は絶滅しなかった。写実的に記録する価値がカメラに移ったことで、絵画の価値は「礼拝や記録」から「展示して愛でる芸術」へと変容したのである。  

澤氏はテクノロジーの本質を整理し、かつて馬車から自動車へと進化した移動手段のテクノロジーが「歩行の外部化(歩く行為を車に任せること)」であったのに対し、AIの登場は「思考の外部化」にほかならないと解説した。これは、これまで人間が頭を悩ませて行っていたアイデア出しや文章作成といった「頭の中の作業」を、これからはAIに肩代わりさせられるようになるという意味である。そしてテクノロジーは一貫して「繰り返し(反復作業)」を解決することを得意としてきた。そのため、管理や反復作業はすべて機械に置き換わり、今後は「経営と現場」だけが残る時代になるため、これまでの「管理職」という概念はナンセンスになると持論を展開した。  


人間にしかできない仕事への集中とAIの活用デモ

AIが発展した世界において、人間に求められるのは「良好な人間関係を築くこと」であると澤氏は語る。データ処理や定型業務などの面倒な作業はすべてAIが肩代わりしてくれるため、人間は社内外の人に対して信頼関係や共感を育むといった「感情的なアプローチ」に注力すべきだという。組織運営においても、部下の欠点を無理に正すのではなく長所を伸ばすことや、状況に応じて柔軟に協力し合える関係性を築くことが大切であると説明した。  

実務における変化の具体的な例として、澤氏はChatGPTやGeminiを用いた実演デモを披露した。「薬局の経営企画として新規事業のアイデアを100個出す」という指示を投入すると、わずか30秒ほどで綺麗に整理された膨大なアイデアが出力され、これまでの付箋を使った長時間の会議(ブレインストーミング)を大幅に短縮できることを示した。このように「業務の土台となる9割の作業はAIに瞬時にやらせ、人間は最後の仕上げや意思決定という最も重要な1割に集中する」というアプローチこそが、これからの効率的なAIとの付き合い方であるとまとめた。 


●次世代医療インフラ「トータルケアステーション」への挑戦

後半は、保険調剤という枠に留まらないビジネスの可能性や、薬局が持つ患者接点という強みをどう地域医療に生かしていくかをテーマに、総合メディカルグループ株式会社代表取締役社長の多田荘一郎氏、株式会社地域ヘルスケア連携基盤(CHCP)代表取締役社長の国沢勉氏を交え、株式会社カケハシ代表取締役CEOの中川貴史氏がファシリテーターとなってパネルディスカッションが行われた。  


効率性と品質の両立

国沢氏は、投資家としての視点からマクロな環境変化を語った。現在、海外の投資家が日本市場に注目している最大の理由は、成長性ではなく「労働生産性の改善余地」であるという。日本のヘルスケア業界は極めて質の高い医療を安価に提供しているが、今後は命に関わる品質を決して落とすことなく、いかに効率性を高めるかが国内外から強く求められている。  

薬局業界は小規模な事業主が分散している特徴があるが、小規模であるがゆえに高額なシステム投資や長期的な人材投資へのハードルが高い。国沢氏は、これからの調剤報酬改定や物価高騰、人件費上昇の波を乗り越えるため、規模を拡大して手を取り合い、投資や固定費を分担し合うことの重要性を説いた。さらに、医師と薬局の関係が従来の「二人三脚」から、時代の交代とともにドライで事業ライクな関係へと変化している点を指摘し、地域で戦略的に事業を立ち上げる発想が必要だと述べた。  

また、CHCPが薬局、訪問看護、歯科、病院へと領域を広げている理由について、国沢氏は社会保障費が患者に必要なサービスごとに分配されている以上、受け手側もその配分を意識し、フルラインでサービスを持って初めて正しい医療介護のあり方が見えてくるという独自のストラテジーを明かした。  


薬局の「上手な自己否定」と再定義の必要性

多田氏は、従来の社会保障分野が「足りないものがあれば人やモノを足す」という歴史を歩んできたが、労働人口減少とインフレが進む現在はその意識を抜本的に変えなければならないと主張した。  

多田氏は一ユーザーとしての視点から、薬局はただ薬を受け取るだけの場所であり、その割には待たされ、欠品もあるというイメージが混在していたと率直に振り返った。環境変化が激しい今だからこそ、現状を上手に自己否定し、薬局という事業を再定義する絶好の機会としてポジティブに捉えるべきだとした。  

患者の視点に立てば、医療は病院や診療所、薬局、在宅といった縦割りではなく、彼らの人生の合間に存在する一本の線である。多田氏は、退院時などに患者との関係性が途切れてしまう現状や、画一的なサービスに終始している点を課題として挙げた。今後は病院内での患者接点や開業支援、アメニティサービスなどの多様なポートフォリオを繋ぎ、患者一人ひとりの「ペルソナ(具体的な生活背景や人物像)」に寄り添うことが成長の領域になると語った。さらに、在宅医療が進み薬局に来られなくなる患者が増える未来において、薬局が店舗で待っているだけで良いのかという問いを投げかけ、一気通貫したサービス提供の必要性を訴えた。  


●AI前提のワークフロー再構築と4つの未来

クロージングでは中川氏が、カケハシが描く生成AI時代の医療インフラの未来像を語った。中川氏は、PayPayによるQR決済の普及や、LINEによるコミュニケーションの変化、相談相手としてAIが日常に溶け込みつつある現状を引き合いに出し、かつての常識や当たり前がハイスピードで変化している現実を示した。一消費者としてこの変化を体験している患者は、当然のように医療や薬局の現場にもデジタルを前提とした利便性を求めてくる。  

AI活用における本質は、一部の業務を部分的に効率化することではなく、AIというコンテキストを前提にワークフローや薬局のオペレーションモデル(OS)そのものを書き換えていくことにある。このシフトに向けて中川氏は4つの未来像を提示した。  

まず第一に、作業を手放し、人にしかできない価値に集中する未来が挙げられる。事務職による処方箋入力のような反復作業は完全に自動化され、高度な需要予測に基づく在庫発注やサプライチェーンの一気通貫化によって欠品リスクをゼロに近づけることができる。カケハシがすでに展開している「AI薬歴」や各種報告書の自動生成機能は、薬剤師の業務負荷を劇的に削減し、圧倒的な質の向上と効率化を両立させている。  

第二の未来は専門性の強化である。患者を疾患名だけで捉えるのではなく、一人の人間としてパーソナルなニーズを把握し、コミュニケーションをパーソナライズ化していく。手のかかるフォローアップをAIが支えることで、特に外来とは異なるオペレーションが求められる在宅領域において、薬剤師の専門的価値を最大化させることが可能となる。  

第三に、店舗の枠を広げる未来が提示された。これまで店舗内で完結していたピッキングや一包化調剤、監査といった作業を自動化・外部センター化し、服薬指導や処方入力も1カ所に縛られずに遠隔で行えるようにする。全てのシステムがクラウド上に上がることで、薬剤師や事務職が場所にとらわれずに医療を提供できるITインフラが整う。  

第四の未来は患者体験の向上である。患者が事前に処方箋を送信することで、薬局に行く前からリアルタイムにマッチングが行われ、待たない薬局や選ばれる薬局が実現する。さらに、専門性の高い薬剤師と患者を適切にマッチングさせることで、特定の疾患に真に寄り添える服薬指導の環境を構築できる。


中川氏
中川氏

  

●国家戦略としてのAI駆動型社会への変革

カンファレンスの締めくくりとして再び登壇した中尾氏は、自身が内閣官房や自民党本部に呼ばれる機会が増えている背景を共有した。現在、国が掲げている高市政権の成長方針の本丸は、日本をAI駆動型の社会へと変革させることであるという。  

労働人口が急激に減少するこれからの日本において、AIを少し活用するといったレベルではなく、あらゆる社会インフラのオペレーションをAI前提に書き換えることが国家戦略として位置づけされようとしている。その中でも特にロボティクスAIと、領域特化型のバーティカルAIの2つが重視されており、医療や薬局流通の分野は、まさに少ない人数でより多くの患者を救うための重要な投資対象として高い関心を集めている。  

全国一律の公定価格(薬価・調剤報酬)という特有の構造を持つ薬局業界だからこそ、テクノロジーを駆使して時代を先取りし、新しい事例をいち早く創出していく必要がある。中尾氏は、集まった業界のリーダーたちに対し、行政やアカデミアと手を取り合って新たなエコシステムを構築し、共に医療の未来を切り開いていこうと熱く呼びかけ、長丁場のイベントを締めくくった。

コメント


この投稿へのコメントは利用できなくなりました。詳細はサイト所有者にお問い合わせください。
bottom of page