132万件の「声」が導くがん医療の未来:慶應義塾大学とピアリングが挑む、患者体験の可視化
- toso132
- 3 日前
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がんとともに生きる人々の「生の声」が、今、科学の力で新たな希望へと昇華されようとしている。
慶應義塾大学薬学部(堀里子教授)と、女性がん患者向けSNS「Peer Ring ピアリング」を運営する株式会社リサ・サーナは、2025年12月23日、膨大な投稿データを用いた共同研究の開始を発表した。これは、132万件を超える患者の経験談を自然言語処理(NLP)——人間が日常で使う言葉をコンピュータに処理させる技術——や、文脈を深く理解する大規模言語モデル(LLM)で解析し、これまで見えにくかった患者の「真のニーズ」を構造化する画期的な試みである。
埋もれていた「生活の中の副作用」を科学する
医療機関で記録される電子カルテには、医学的な数値や主要な副作用が記載される。しかし、診察室を出た後の日常生活で患者が直面する細かな体調の変化や、言葉にならない不安、そして日々の暮らしを支える生活の知恵までは、十分に吸い上げられてこなかった。
同研究の最大の武器は、2017年から約8年分におよぶ「Peer Ring ピアリング」の膨大な蓄積データである。解析にあたっては、診断から治療へと続く過程でいつどのような悩みが生じるのかを時系列で解明する「症状トラジェクトリ(病いの軌跡)」の可視化を試みる。これは、病状や身体機能が時間の経過とともに辿るプロセスを一つの「軌道」として捉える視点である。
また、単なる症状の羅列に留まらず、患者がどの局面で最も深い孤独や不安を感じるのかといった心理的変遷を特定するため、感情や関心の分類も行う。さらに、医療用に特化して開発された文章解析AIモデル「MedNER-CR-JA」などを用いることで、患者が日常の言葉で綴った日記から、治療に関する重要情報を極めて高い精度で抽出していく。
「個人の経験」を「社会の知恵」へ
この研究がもたらす成果は、単なる学術的な分析に留まらない。
患者にとっては、自分と同じ境遇にある「先輩」たちの声を効率的に探せるようになり、自身の意思決定を支える大きな助けとなる。一方、医療者や製薬企業にとっては、患者のQOL(生活の質)を向上させるための具体的な支援策や、より適切な情報提供のあり方を検討するための客観的なエビデンスとなる。これにより、患者の悩みや副作用の傾向を深く把握し、より良い医療や適切な支援体制を構築するための強固な情報基盤が整備される。また、増加するがん患者に対し、ピア・サポートが持つ有効性を科学的に裏付ける新たな研究モデルを提示することも期待されている。
慶應義塾大学薬学部医薬品情報学講座 教授の堀里子氏は「医療現場には届きにくい貴重な声を見える化し、双方にとって価値のある知見を届けたい」と語り、リサ・サーナ代表取締役の上田暢子氏は「単なるエピソードを科学的エビデンスへと変える」と決意を述べている。
ピア・サポートの新たな地平
SNS上のつながりが、一時の慰めを超えて、次世代の医療を支える情報基盤へと進化しようとしている。
慶應義塾大学薬学部の倫理審査委員会の承認(承250730-1)を得た同研究は、厳格な倫理的配慮のもとで進められる。患者たちが紡いできた132万件の言葉は、がん医療をよりパーソナライズされた、温もりのあるものへと変えていく第一歩となるだろう。






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