【薬局四方山話】薬局業務と破壊的イノベーション
- toso132
- 6月6日
- 読了時間: 7分
更新日:7月8日
薬事政策研究所 田代健

1. はじめに
最近、薬局業務の境界領域をめぐって、2つの議論がなされている。すなわち
(1) 保険調剤業務の外側での「零売」
医療用医薬品のうち、処方箋なしで患者に販売することを禁じられているものを「処方箋薬」と区別するが、それ以外の医療用医薬品、つまり「非処方箋薬」を処方箋なしで患者に販売することを制限しよう、という動き
(2) 保険調剤業務の中での「外部委託」
調剤業務は処方箋を応需した薬局が自らの店舗内で完結させることが前提とされるが、一包化などの業務を他の薬局に委託できるように規制緩和しよう、という動きの2つだ。零売は「やむを得ない場合に限る」とグレーゾーン扱いだったのだが、「零売専門薬局」という業態が登場してきたことが問題視され、政府の対応の結果、撤退する薬局が出始めている。外部委託に関しては7月に公表されたガイドラインに沿って大阪府で国家戦略特区を申請するなどの動きがみられる。
経営学者のクレイトン・クリステンセンは1997年に「破壊的イノベーション」という概念を提唱したことで知られている。この概念を通すと「零売」と「外部委託」の見通しがよくなるので、本稿ではこれに沿ってポイントを整理してみたい。
2. 破壊的イノベーションとは何か
製造業の会社A社は、自社の製品Pの品質を少しずつ改善し続けていたとしよう。アップグレードに伴って価格も徐々に高くなっている。これを「持続的イノベーション」と呼ぶ。
A社の長年にわたる改善の結果、もはやユーザーにとってはどこが改善したのかも気にならなくなっていた頃、新興企業B社が市場に参入してきて、Pよりも品質は落ちるけれども価格が安い製品Qを新発売した。A社は「Pの品質を知っているユーザーは品質の悪いQなどを選ぶはずがない」と信じていた。しかし、ユーザーは徐々にQに流れ、ついにA社のPは撤退
を余儀なくされた。
このような事例は枚挙にいとまがない。例えば音楽の媒体では、アナログレコード→CD→MP3と新技術が登場するたびに音質は一時的に低下するのだが、手軽さで市場を刷新してきた。モノではなくサービスとしては、「実際に商品を手に取ることができない」という点で実店舗に劣るといわれたAmazonが「わざわざ店舗にいかなくてはならない」というコストをなくす方向で進化することによってリアルな店舗を消滅させている。このような場合、新製品(サービス)は既存製品の市場を破壊してしまうため、「破壊的イノベーション」と呼ばれる(図表1)。
ここで、B社が成功する条件は、「A社を刺激しないように、静かに少しずつ市場に入り込むこと」だとされる。そしてひとたびP→Qというユーザーの流出が始まると、A社に勝ち目はない。A社が生き残る唯一の方法は、A社自身が破壊的イノベーションを仕掛けることだ、とクリステンセンは主張した。
医薬品の分類は、この破壊的イノベーションの連鎖の模式図となっている。革新的なイノベーションとして新薬が登場した後、特許が切れれば安価な後発医薬品が発売される。スイッチOTC化すれば受診しなくても薬局で買えるようになる。さらに、薬局に行かなくても通販で買えるようになる。医薬品に付随する情報提供という点で品質は確実に落ちているのだが、購入者にとっては「わざわざ~まで行かなくてもよい」というメリットが品質の低下と
いうデメリットを補っている。そして、薬局は「それではサービスの品質を維持できない」と反論するのだが、購入者はそもそも「そのようなサービスの品質を求めてはいない」ため、議論がかみ合わない。

3. 破壊的イノベーションとしての零売
零売専門薬局の登場は、薬局が仕掛ける破壊的イノベーションとなるはずだった。医療機関を受診することと比べれば明らかにサービスの品質は低下するのだが、「受診しなくてもよい」という利便性のメリットによって新しい市場をつくり出そうとしたのだ。医薬分業をめぐる議論では、「病院で処方箋をもらってわざわざ薬局まで行って薬をもらうのが二度手間だ」という意見が出るのだが、破壊的イノベーションの観点からは「薬は薬局にあるのだから、わざわざ病院まで行って処方箋を書いてもらうのが二度手間だ」ということになる。この反論は核心的だからこそ繊細なアプローチが必要で、零売専門薬局はそこで失敗してしまった。
4. 冗長性としての零売
筆者は、薬局の本質は「冗長性」にあると考えている。冗長性とは、あえて無駄を作ることによって安全性を高めるということだ。皆さんがSNSなどで日常的に利用しているクラウドのサービスは物理的には大量のサーバーということになるが、そこに効率的にデータを保存するのであれば、1つのデータを1カ所ずつ、重複しないように保存するのが最善だ。その代わり、火災や故障によって端末が故障してしまえば、そのデータは完全に失われてしまう。そこで、クラウドでは同じデータを複数台のサーバーに分散して重複させながら保存する。一見すると無駄なようだが、大量のサーバーを運用していると一定の頻度で物理的な故障などが発生するため、あらかじめ重複しておくことが必要になる。このような無駄が「冗長性」だ。処方箋の数パーセントが疑義照会で変更されるということは、90%以上の処方箋にとって薬剤師の鑑査は結果的に必要なかったということでもあるのだが、残りの数パーセントのために維持しなければならない、そのために患者が負担する二度手間が「冗長性」だ。将来、皆さんが薬剤師として働くようになると、「霞ヶ関の会議」で有識者が「私は薬局のメリットを感じたことがない」と発言するのを聞くことがあるかもしれないが、それでいいのだ。薬剤師はその場に来られない数パーセントの患者たちのためにいるのだと胸を張ってもらいたい。
零売はこの冗長性と関わっている。なぜ零売がグレーゾーンのまま残されてきたかというと、過去の政策決定者たちは、不測の事態が生じて処方箋なしで医療用医薬品を薬剤師が販売する必要に迫られることがあるかもしれない、と考えた。そして、零売してはいけない医療用医薬品は処方箋薬に指定するという形で制度の余白を残したのだ。
筆者は、今までの薬剤師ができてきたことを、自分たちの不手際のせいで将来の薬剤師ができなくなるということに対して、申し訳ないと思う。薬剤師は、グレーであることに意味がある部分に白黒をつけて、自らの首を絞めるということを何回か繰り返してきた。グレーなものが必ずしも悪いことばかりではないということを申し送りしておきたい。
5. コモディティ化と外部委託
どら焼き屋の若社長が、経営方針で悩んでいるとする。「あんこの味の違いはお客には区別がつかない」と判断して、業務用のあんこを仕入れて使い、代わりに通販やSNSに力を入れて多く売る、というのはひとつの方針だろう。もしも「あんこの味で勝負したい」と判断するのであれば自前で作るべきだ。どちらが正解ということではなく、それぞれのどら焼きにマーケットがある。ただ、あんこの味で勝負したいのであれば、業務用を使ってはいけない。
「メーカーが提供する製品の品質」が「顧客が求める品質」を超えるようになると、競合する製品間が横並びになり、差別化が難しくなることがある。このような事態を「コモディティ化」と呼ぶ。薬局に当てはめると、薬局の品質が横並びで患者はどこにも不満がなく、薬局の区別がつかなくなっている。こうなると「サービスの品質は落ちるが安いあるいは手軽な薬局」が登場して破壊的イノベーションを起こす可能性がある。同時に、薬局側では
経営効率という観点から「コモディティ化した部分は外部委託した方がよい」という発想が生まれる。逆に患者が薬局の質に満足していない場合、あるいは「将来、患者がより高品質なサービスを求める可能性があり、その要求に応えられる体制を整えたい」「品質で差別化したい」という意思がある場合、自薬局で品質改善に取り組むべきだ(図表2)。
例えば一包化という業務を「もはや改善の余地がなく患者も品質の違いを気にしない」業務用のあんこと捉えるか、「患者の要求に合わせてブラッシュアップしたい」手作りあんこと捉えるか、という評価の違いはあるだろう。調剤業務の外部委託とは、これまで企業単位、店舗単位で進行してきた薬局の統合が業務単位でミクロに進行することでもある。外部委託する側はその業務で勝負することを捨てるわけだが、受託する側にとってはその業務が強みになっていく。そのパワーバランスの推移を踏まえて、自分はどこで勝負したいのかという一貫性が必要だ。
筆者個人としては、薬局のサービスの品質にはまだ「のびしろ」があり、それぞれの薬局がそれぞれの方向性で持続的イノベーションに取り組み、差別化するために投資することができるだけの経営環境を涵養することが患者にとってメリットが大きいと考える。読者の皆さんが薬局に行く機会があったら、その薬局の経営者は保険調剤のどこで差別化しようとしているか、あるいは差別化されることを受け入れているか?という点に注目して観察してみると面白いかもしれない。

コメント