起業家の伴走者として社会課題解決に貢献し、持続可能な社会の実現を目指す
- toso132
- 5月8日
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株式会社キャピタルメディカ・ベンチャーズ マネジャー
後町陽子

今まで治らなかった病気を治す薬を開発する、新しいテクノロジーを活用して業務の効率化を図り、必要な人に必要な医療を届けるといったように、社会課題解決を目指す企業に対して投資する。このような社会課題解決型スタートアップ企業に対して、成長を支援し、経済的なリターンと社会的なリターンの両立を目指す投資活動「インパクト投資」が注目されている。持続可能な社会を実現するためのアプローチとして今後の成長が期待される分野だ。ここでは、株式会社キャピタルメディカ・ベンチャーズのマネジャーの後町陽子さんにインパクンパクト投資や自身の近況について聞いた。
──インパクト投資って日本ではありまなじみのない言葉ですが、従来の投資とはどう違うのでしょうか。
従来の投資は経済的なリターンを追求するものです。つまり富がある人がより富む方向にお金が流れます。一方でインパクト投資は、経済的なリターンだけでなく、社会的なインパクト、つまり社会の課題を解決する事業かどうかを重視する点が大きな特徴です。従来の投資は、企業の成長性や利益性を基準に資金を投入し、その結果として得られるリターンを期待しますが、インパクト投資は、投資先の企業が社会課題の解決に寄与するかを考慮します。例えば、これまで一部の専門性の高い医療者のみしか提供できない匠の技があり、必要な患者さんに届かないという社会課題があった場合に、新しいテクノロジーを用いた医療機器により多くの医療現場で提供できるようにするプロダクトを開発する企業に対して出資する。その事業が成長すれば、社会課題の解決につながります。インパクト投資とはすなわち、社会課題に新たな解決策をもたらす事業によって社会にポジティブなインパクトをもたらす意図を持つ企業への投資のことです。
日本政府が打ち出す「新しい資本主義」の中にインパクトの観点が盛り込まれており、G7サミットにおいても持続可能な社会に向けた具体的方策について議論されています。
インパクト投資の投資先分野は教育、医療やヘルスケア、貧困問題などで、企業の種類や状態もさまざまあります。
──後町さんは現在どのような仕事をされていますか。
私たちが主に投資の対象にしているのは、医療、介護、福祉、健康といったヘルスケア領域のスタートアップ企業です。創業間もない会社は、これから事業成長する可能性がある段階で、会社としての価値が世の中にはまだ認められていません。新しい技術やサービスを作り上げるためには資金が必要ですが、医療や介護などの問題の解決に取り組む会社は、きちんと効果を出すプロダクトやサービス開発に時間を要すため、すぐに大きな収益が上がらないケースが多く、他分野に比べて資金調達に苦労することがしばしばあります。そのような現状に対し、私たちはまず、投資対象領域の社会課題を構造的に整理する課題デザインマップを作り、社会課題を網羅的に把握します。そのうえで、課題解決に資するスタートアップ企業を探し、出資をさせていただきます。そして私たちは、投資先の事業成長のサポートを行います。最終的には、投資した企業が株式上場あるいはM&A(株式譲渡)というかたちで利益を得るというのがベンチャーキャピタルの事業の大きな流れです。私たちのゴールはインパクト投資によって、社会課題の解決に挑むスタートアップ企業の成長を促し、あらゆる社会問題の解決に希望が持てる社会を創ることです。
普段は、投資先企業の経営会議に出席して、投資先企業の方々と一緒に事業の問題点の確認をしたり、改善に向けたディスカッションを行ったりしています。時には難しい局面を迎え、経営者も迷うことがあります。そんなときには多くの投資先企業の支援で得た知見やノウハウなどを生かしながら、少しでも事業を前に進める力になれるように努めています。
また、年に1度、各投資先の社会課題解決に向けた事業の進捗状況を「インパクトレポート」というかたちにまとめて公表しています。

インパクト投資に興味のある人向けにインパクト投資家仲間とトークセッション
──具体的にどんな企業と関わっていますか。
遠隔心臓リハビリアプリを開発する会社やAIを使って高度な放射線治療を最適化するソフトウエアを開発している企業、地域の介護サポート人材と介護施設をマッチングするサービスを提供している企業などを担当しています。最近では、バイオ系の創薬のスタートアップ企業も担当しています。私たちのようなベンチャーキャピタルが出資を行う場合、ファンドの運用期間は10年と限られているので、期間内に成果を出すことが求められています。

──今の会社に入社したきっかけは?
前職は、病院の経営コンサルティングをやっていました。ここ数十年の日本は、社会保障制度を持続可能なものにするために、医療費を抑制する方向に舵を切っています。さらに近年は物価高騰、エネルギー費の急騰、人件費の高騰などにより、病院経営は非常に厳しい状況にあります。経営を改善するために経営者は患者を増やすための新たなサービスの提供、また、業務の効率化を図るために、新しい医療機器の購入、あるいはデジタル化の推進などを行いたいと思っているものの、資金がないため実現できていないという現実を目の当たりにしてきました。現場の医療者の方々は日々身を粉にして患者さんや地域のために頑張っているのに、働く環境や医療の提供の効率がなかなか上がらず疲弊していってしまうという負のスパイラルを断ち切る方法はなかと考えている時に、医療分野の起業家を育成するプログラムの運営を依頼されました。その時に医療をより良くするために奮闘しているスタートアップ企業があるのだと気づかされ、これらの企業をサポートする手段の一つにインパクト投資というものがあると知り、今の会社に入社したのです。
それから間接的には、JICA青年海外協力隊としてアフリカで活動していたことも関係していたかもしれません。もともと社会課題を解決することに関わる仕事に就きたいと思い、大学卒業後、JICA青年海外協力隊に応募しました。医療環境や貧困を改善する目的で活動していたものの、国の枠組みで行っているため、プロジェクトは2~3年で終了します。プロジェクトが終わった後も現地の人たちでできるように引き継ぎはするのですが、持続可能という面ではなかなか難しいのが現状です。その時に感じたのが医療はそれでいいのかなと。援助という枠組みは必要だと思いますが、そこに住んでいる人が必要な医療を受け続けるためには、もっと別のやり方があるのではないか、その時は漠然と感じていました。そう考えると今の仕事はその答えの一つかもしれません。

──今後の目標をお教えください。
ヘルスケア領域については、医療アクセスの問題、従事者・介護従事者の働き方の問題など、解決しなければいけない課題はたくさんあります。その一方で、その課題解決を目指す人や企業はまだまだ十分とはいえず、課題解決への思いを持っている方々の伴走者として事業の成長を促すことが、社会をより良くすることにつながるのではないかと信じています。
──最後に薬学生へメッセージをお願いします。
皆さんは卒業後の進路ついて、病院、薬局、企業、行政の4つくらいをイメージしているでしょうか。私自身もそうだったのですが、学生時代に日本薬学生連盟のイベントで海外の薬学生と交流した時にさまざまな薬剤師の可能性に気づかされました。私の場合は、公衆衛生に興味を持ち、JICA青年海外協力隊としてアフリカで活動しました。薬学生の皆さんもいろいろな人と出会って、薬剤師の可能性を探ってみてください。臨床で働くことは素晴らしいことだと思いますし、尊敬もしています。人生100年時代といわれるようになり、働く期間も長くなりました。1つのことを続けて専門性を極めることも選択肢の一つだと思いますが、ライフステージの変化や人との出会いで自分がやりたかったことが新たに見つかるかもしれません。いろいろな選択肢があるということを学生時代に知っておくと、豊かな人生を送ることができるのではないかと思っています。
後町陽子(ごちょう・ようこ)
明治薬科大学卒業後、JICA青年海外協力隊エイズ対策隊員としてガーナで活動。帰国後、病院・薬局にて臨床経験を積んだ後、病院経営コンサルタントとして、オペレーション改革・組織改革、人材マネジメント支援、ヘルスケアスタートアップの育成プログラム運営等を担当。外資系コンサルティングファームにて製薬企業向け戦略コンサルティングおよびDX支援を経験後、現職にて投資・投資先支援等を担当。薬剤師・経営学修士。






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