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鶴岡を舞台に慶應義塾大学×企業で共創するイノベーションと挑戦 ~ Keio TSURUOKA Innovation Forum 2026

5 時間前
読了時間: 9分
荒川和晴氏、多田宗弘氏トークセッション

9月15日、慶應義塾大学矢上キャンパス(神奈川県横浜市)を会場に、同大学が山形県鶴岡市で展開している企業連携活動を報告するフォーラムが開催された。

庄内地域に大学を誘致するプロジェクトにより、鶴岡市に慶應義塾大学鶴岡タウンキャンパスと先端生命科学研究所(以下:先端研)が設立されてから25年。豊かな水田が広がる米どころである庄内平野に大学を中核として世界有数のバイオテクノロジー研究を基盤にしたスタートアップ企業も数多く参集し、鶴岡サイエンスパークを形成している。

フォーラムでは鶴岡タウンキャンパスおよび先端研の概要とさまざまなプロジェクトと成果が紹介され、鶴岡に進出した企業4社によりイノベーション創出に向けた事例の発表が行われた。


【イベント概要】

■慶應義塾×鶴岡 共創フィールドへの招待 Keio TSURUOKA Innovation Forum 2026

■会期: 2026年9月15日

■会場:慶應義塾大学 矢上キャンパス YAGAMI INNOVATION LABORATORY(通称YIL)


鶴岡サイエンスパークにおける革新的人材育成と地方創生の軌跡

講演:慶應義塾大学先端生命科学研究所 所長 荒川和晴


荒川和晴

先端研は2001年の開設以来、地方における最先端の研究拠点および人材育成の場として25年の歩みを重ねてきた。市と県からの手厚い支援を背景に、大学と地域が一体となってゼロから産業を生み出し、人口減少が進む地域において地方創生を強力に体現している。


先端研の強みは、あらゆる生命現象をコンピュータ上で理解する「システム生物学」を軸に、細胞内の化合物を一斉に測定する独自の「メタボローム解析技術」を確立したことにある。この最先端の基礎科学をベースに、小惑星探査機「りゅうぐう」のサンプル分析といった実績や、大学発ベンチャーの創出など、世界的な成果を数多く上げている。これまでに生まれた10数社のベンチャー企業は、若い研究者や学生たちの自発的な挑戦によって形作られ、地域に良質な雇用を生み出し、山形県内の高給与企業ランキングで上位に名を連ねるなど、地域の経済と人口動態の好循環にも大きく貢献していると言える。


こうした成果を生み出す原動力となっているのが、独自の教育・人材育成アプローチである。鶴岡キャンパスでは、あらかじめ明確なテーマや答えを与えるのではなく、自ら問題を発見・設定させる「放牧」の精神を重視している。日々の研究や周囲の熱量の高いコミュニティに身を置き、何に挑むべきかを深く悩むプロセスを通じて「集中」ではなく「熱中」状態を生み出し、既存の枠組みを突破するイノベーション力を身につけていく。


また、こうした育成の思想は大学内にとどまらない。高校生を早期に受け入れて主体的な研究活動を支援するプログラムや、全国から高校生が集まり研究成果を競い合う「高校生バイオサミットin鶴岡」の開催など、次世代の科学者を育てる裾野を広げている。さらに、大企業から若手人材を受け入れてイノベーションを担うリーダーを育てる「革新的人材育成プロジェクト」や、新たな試みであるインターンシップ制度など、組織の枠を超えた取り組みも展開されている。

短期的な成果(=花)ばかりを求めるのではなく、長期的な視点で若者や地域を育てる「根を養う」教育と挑戦の生態系が、鶴岡サイエンスパークには息づいている。ここで育った人材や生み出された技術は、鶴岡の地から日本全体の未来を切り拓く持続的な原動力となっている。


鶴岡サイエンスパークにおける企業の人材育成と研究実践事例


続いて、4社の企業の発表者が登壇。それぞれの企業が慶應義塾大学鶴岡タウンキャンパス、鶴岡サイエンスパークでおこなっている人材開発やイノベーション創出プログラムについての事例発表を行なった。


事例①損保ジャパンの取り組み


損保ジャパンの発表

損保ジャパンは、1838年の創業時における江戸の「火消し」の精神を現代に再解釈し、自然災害などの社会課題解決や誰もが安心して暮らす社会の実現を目指している。

鶴岡サイエンスパークとは2018年に包括連携協定を締結し、先端技術の社会実装やイノベーティブな人材育成を目的として中堅社員を派遣した。派遣された社員は、地域のレジリエンス向上やコミュニティ強化に資する活動を展開した。直近の卒業生は、山形大学などと連携し、動物園の動物の糞を昆虫(アメリカミズアブの幼虫)に処理させて堆肥化し、それを用いた環境教育イベントを横浜の動物園等で実施するなど、地域と都市を繋ぐ循環経済の取り組みを実現した。同社はこうした活動を通じて、地域のレジリエンス向上に寄与できる持続可能な人材の育成を引き続き目指している。

(発表者:総合保険ジャパン株式会社 加藤拓氏)


事例②資生堂の取り組み


資生堂の発表

資生堂は、1872年の創業以来「人々のを幸せにする」という原点を受け継ぎながら、大企業が陥りがちな組織の硬直化やリスク回避といった「大企業病」を打破し、ベンチャースピリットを持つ人材を育成することを目指している。

こうした背景から、同社は社員の個人の思いを100%費やして活動する「冨田イノベーターファーム」(先端研の初代所長・冨田勝氏に由来。通称:トミーファーム)を設置し、鶴岡サイエンスパークへ社員を派遣している。社内ではネガティブに捉えられがちな挑戦も、鶴岡の熱量の高いコミュニティや地元企業のバックアップのもとでは、新たな仲間を得て実証実験や事業化へと進みやすい。同社はこうした鶴岡での活動を通じて、イノベーションを創出する人材の育成と、社内の文化変革を同時に推し進めている。

(発表者:株式会社資生堂 鴛渕考太氏)


事例③三井住友信託銀行の取り組み


三井住友信託銀行の発表

三井住友信託銀行は、従来の融資業務にとどまらず、資産運用やプライベートエクイティ、インフラファンドへの投資など、幅広い機能を活かして環境や社会課題の解決につながる分野への資金供給に注力している。

発表者の堤氏は、先端研の包括連携プログラムを活用し、ピロリ菌感染と胃がん発生メカニズム(ヒットアンドラン型発がん)や、若年層の女性に多く見られるスキルス胃がんに関する研究に携わっている。実験を通じて次々と生まれる問いに向き合い、仮説検証と再現性を追求する研究の世界に身を置くことで、事業開発や投資判断とは異なる論理的思考力を培っている。同社はこうした異分野での深い経験を通じて、異なる領域の知見を組み合わせ、新たな価値や事業を生み出せる人材の育成に挑戦している。

(発表者:三井住友信託銀行株式会社 堤健昭氏)


事例④博報堂DYホールディングスの取組み


博報堂の発表

博報堂DYホールディングスは、「生活者発想」をフィロソフィーに掲げ、最大の資産である「人」のクリエイティビティを発揮するための人材育成に取り組んでいる。先端研とは2024年にソーシャルイノベーションの創出及び人材育成に関する包括連携協定を締結した。

人材開発室では協定に基づく最初の取り組みとして、生活者発想とサービス開発を組み合わせたアイデアソン研修を現地で実施した。さらに、グループ会社等と連携し、鶴岡の地で空気を感じながら視野を広げる合宿型研修や、社員と地元高校生が協働するプログラムなどを通じて、組織や地域の垣根を越えた越境学習の機会を創出している。

博報堂の社員と中高生が総勢50名規模で参加したワークショップも開催。多様な職種の社員と地域の高校生が対話し、正解のない問いに向き合うプロセスを通じて、次世代の探究学習や自己肯定感を高めるサポートを行っている。

元々広告クリエイティブ業務に従事しながら鶴岡に派遣された社員の有本さんの試行錯誤の体験談も語られた。あえて明確なミッションを持たずに現地に入り、理系分野に馴染みがなかったものの、バイオベンチャーでの実験や様々なスタートアップとの対話を通じて、これまでの広告業務とは異なる視点を獲得。世界的な食糧危機や代替タンパク質の課題に対し、日本に根付く「納豆菌」の食文化に着目し、商品の共同開発などを通じて実践的な事業プロモーションに貢献している。

同社はこうした鶴岡での濃密な体験を通じて、自ら問いを発見し、新たな価値を切り拓くイノベーターの育成を進めている。

(発表者:株式会社博報堂DYホールディングス 黒沢梨恵氏 豊嶋帆奈美氏 有本直征氏)


鶴岡サイエンスパークと矢上イノベーションラボ(YIL)の融合と人材育成


YIL
フォーラムの会場となった矢上キャンパス内の”YIL”

フォーラムの締めくくりとして、先端研所長の荒川和晴氏と、慶應義塾大学矢上キャンパスYAGAMI INNOVATION LABORATORY(YIL)のディレクターである多田宗弘氏による対談が行われた。

多田氏は、自身がNECでの半導体研究やスタートアップ共同創業、資金繰りの苦労といった多様な経験を経て現職に至る経緯を紹介。YILの活動として、企業パートナーとのネットワーキングや共同研究を促進する3階建ての構想(パブリックイベント、アライアンスパートナーによる協創、個別の共同研究)を説明し、大学と企業の壁を低くして気軽に足を運んでほしいと語った。

一方の荒川氏は、鶴岡キャンパスを慶應義塾全体の保養施設やゼミ・学会の合宿地として自由に活用してほしいと提案した。東京とは異なる時間が流れる環境や美味しい食事が、日常の枠を超えた自由な発想やイノベーションを生み出すと強調した。


また、鶴岡での研修に参加した学生や企業人からも、地方ならではのフラットなネットワークや、壮大な夢に向かう圧倒的な熱量が刺激になったという意見が寄せられた。

参加者を交えた議論の中では、ディープテックの実装における「若さ・ワクワク感」と「ビジネス視点・基礎学力」のバランスについても意見が交わされた。起業や社会実装を見据える際には、高い熱量だけでなく、エクイティファイナンスや事業計画といった経営の知見を理解する重要性が指摘された。

鶴岡の名産品

最後に、矢上キャンパスと鶴岡キャンパスはそれぞれ異なる強みや文化を持っており、それぞれの場所の良さを活かしながら、自らの意思で環境を変えて新しい人と出会うことの重要性が語られ、今後のさらなる産学連携と人材育成への期待を込めて対談は締めくくられた。


講演終了後に開かれた交流会では、玉こんにゃくやぶどう、つや姫玄米茶なども振舞われ、新たな食文化の創造を掲げる「鶴岡ガストロノミックイノベーション計画」が始動した鶴岡の豊かな名産を味わう機会となった。


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