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全体最適とデータを起点に医療の未来を切り開く〜研究×IT×臨床を歩んできた薬剤師の挑戦〜

7 分前
読了時間: 10分

広井嘉栄 株式会社ファルモ 代表取締役社長



「薬剤師の仕事って、本当に調剤と服薬指導だけ?」「これからの薬局業界はどう変わっていくんだろう?」といった不安や疑問を感じてはいないだろうか?

今回は、薬学部卒業後にIT企業へ進み、大学病院や研究機関での医療情報研究、さらには薬局現場での実務経験を経て、電子お薬手帳や調剤情報連携プラットフォーム等の医療DX事業を展開する株式会社ファルモを創業した代表取締役社長の広井嘉栄氏にインタビュー。医療情報の標準化がもたらす可能性、現場で感じた構造的な課題、そして未来の医療を支える薬剤師の役割について、詳しく話を聞いた。



―IT企業へ就職された経緯を教えてください。

大学時代はあまり学校に通っておらず、国家試験に受かるとは思っていませんでした。友人も限られていたので、周りと進路を比べて悩むこともありませんでしたね。そんな私にとって大きな転機となったのが、卒業研究で国立小児病院(現・国立成育医療研究センター)の研究室に入り、遺伝子解析に携わったことでした。

当時、大量の遺伝子シーケンスデータを扱う必要があり、独学でプログラミングを学び始めました。膨大なデータをコンピュータで解析する面白さに魅了され、「これからはITかもしれない」と感じていたのを覚えています。

もし薬剤師になれなかったらどうするか。薬学のバックグラウンドを生かしながら、新しいことに挑戦できる職場はどこか。自分の強みがより生きる環境を必死に考え続けた末にたどり着いたのが、卒業研究を通じて関心を持ったIT関連の企業でした。

結局、国家試験には何とか受かったんですけどね。今振り返ると、「国試に落ちる」と思い込んでいなければ、まったく違う人生を歩んでいたと思います。


―IT企業での勤務から、大学や財団での医療情報研究へと進まれた理由は?

IT企業へ入社後、神戸で行われていた医療関連の共同研究プロジェクトに派遣されました。しかしプロジェクトの途中で、会社の事業戦略変更に伴い撤退が決定してしまったのです。その際、会社に戻って別の業務に携わるか、会社を退職して現場に残り研究を続けるかという二択を迫られました。

相当悩みました。ただ、「迷ったときはつらい方を選ぶ」と決めていたこともあり、会社を辞め、研究を続ける道を選びました。

当初は遺伝子情報と臨床情報の関係を調べていましたが、解析に必要な臨床情報を集めること自体が難しかったのです。医療機関ごとにデータの形式が違い、施設の外に情報を出すことにも高いハードルがありました。だとするとまずは情報を共有し、比較できる状態にする必要があると考え、「医療情報の標準化」の研究に取り組むようになりました。


―「医療情報の標準化」とは、具体的にどのようなもので、なぜ重要なのでしょうか?

分かりやすく言えば、「異なるメーカーのシステム同士で、医療情報を同じ意味で扱えるようにするためのルールづくり」です。病院内には電子カルテ、検査・放射線・薬剤などの部門システム、レセプトコンピューターなどがあります。データの形式や項目名、コード体系が異なると、ほかの病院や薬局に情報を送っても、項目の意味を正しく対応づけられず、連携やデータの比較が難しくなります。

そこで、「HL7(Health Level Seven)」などの医療情報の標準規格を活用してデータの形式をそろえ、項目の意味やコード体系にも共通のルールを整えます。こうした標準化が、医療機関や薬局の情報連携、データを用いた研究の基盤になります。

当時はこのHL7を活用したデータ交換インフラの研究に専念していました。


―その後、研究者にとどまらず起業を選択された背景には何があったのですか?

医療情報の標準化研究は学術的に大変意義深く、論文としての評価も得られました。しかし、一方で強いジレンマを抱くようになったのです。いくら優れたデータモデルや規格を提案し、論文を書いたとしても、それだけでは実際の医療現場で使われることはなく、世の中の仕組みは変わりません。「机上の空論で終わらせず、真に世の中に役立てるためには、自分たちの手で事業化し、システムとして社会実装するしかない」と確信したのが起業の原点です。

その後、拠点を東京に移し、東京医科歯科大学での特任助教としての研究活動、薬局の臨床現場での調剤業務、さらにはプログラミングの受託開発という“三足のわらじ”を履く生活を送りました。生活基盤を維持しながら事業構想を練り、2012年に株式会社ファルモを創業しました。挑戦にあたっては、万が一失敗しても薬剤師として現場に復帰できるという「薬剤師免許によるリスクヘッジ」があったからこそ、果敢にリスクを取ることができたと感じています。


―研究や事業開発と並行して「薬局の現場」に立った際、どのような印象を持たれましたか?

薬局の臨床現場に立ってあらためて感じたこととして、「患者が病気になり、処方箋を持って来局しないと収益が上がらない構造」になっているという点でした。当たり前ですが、薬局経営の観点からは「多くの患者に来てほしい」「処方箋枚数や調剤を増やしたい」という動機が働きます。しかし、社会全体の福祉や患者の幸せという観点から見れば、「人々が病気にならず健康であり続けること」が最善のはずです。

例えば、近年話題となるポリファーマシーに対する加算制度も、「薬を出しすぎる構造」が前提にあるからこそ生まれる対症療法的な評価です。医療従事者一人ひとりが自分の担当領域で「個別最適」を求めて努力した結果、システム全体としては無駄な医療費が膨らむという矛盾が生じていると感じます。医療の評価軸を「量」から「質や成果(アウトカム)」へとシフトさせ、提供された医療価値に対して適切な報酬が配分される構造へ改革しなければならないと強く感じました。


―その違和感を打破するために、なぜ「薬局の調剤情報」に着目されたのですか?

感情論や理想論だけで医療システムを変えることは不可能です。地域の限られた人手や医療資源を生かし、患者に必要な医療の質と、地域医療の持続可能性を両立させるためには、まず関係者が同じ事実を見て話し合えることが大切です。医療情報の研究に携わるなかで、その共通の事実となる「地域医療の地図」をどう作るかを考えてきました。個々の施設の情報だけでは、地域全体の姿は見えてきません。地域を広く捉えるには、現場に負担をかけず、共通のデータ形式で継続的に情報を集められる仕組みが必要です。

その視点で医療現場を見渡したとき、最も標準化が進んでいて、日々の診療に近く、収集しやすいと考えたのが、薬局の調剤情報でした。処方元、薬剤、用法、投与日数などが記録され、一つの薬局にも複数の医療機関から処方箋が集まります。地域の薬局の情報をつなぐことで、個々の施設だけでは見えにくい処方実態や薬剤の使用傾向を捉えられると考えました。

もちろん、調剤情報だけで、実際の服薬状況や治療の成果まで分かるわけではありません。それでも、地域でどのような薬物治療が行われているかを共有し、課題を話し合うための土台になります。さらに、副作用や検査値などの情報と適切につなぐことで、次の医療に生かす手がかりが得られます。

そこで、研究で培った標準化の経験を生かし、各薬局のレセコンと連動して、できる限り現場の手間を抑えながら調剤情報を自動収集・集積する基盤「ファルモクラウド」を構築しました。全国の薬局は約6万3,000施設ありますが、2026年7月時点で1万5,000店舗を超える薬局に導入いただいています。

現在は、自治体、保険者、日本薬剤師会、大学・研究機関などと連携し、この基盤を地域の課題把握と改善に役立てています。北海道名寄市では、地域薬剤師会や基幹病院とともに、調剤情報から地域の抗菌薬使用状況を可視化し、薬剤耐性(AMR)対策に活用しています。

兵庫県姫路市では、2026年6月から、姫路薬剤師会が主体となる実証事業に技術面で協力しています。姫路市の支援のもと、調剤情報から地域の抗菌薬使用状況を把握し、適正使用に向けた啓発などに役立てる取り組みです。

山形県酒田市では、地域として推奨する医薬品リスト「地域フォーミュラリ」の策定・運用に、処方実態のデータを提供しています。医療費の削減だけを目的とせず、関係者が同じデータを見ながら、地域でどのような薬物治療を推奨するかを話し合うための取り組みです。

いずれも、情報を集めること自体が目的ではありません。関係者が同じ事実をもとに話し合い、地域に必要な医療をともに考えていく。その出発点を薬局が作っています。


―どのような未来を目指していますか?

私たちが目指すのは、薬局ネットワークを通じて集積されたデータが、医療政策の立案、新薬の開発、そして個々の患者へのパーソナライズされた医療提供へとシームレスに還元される社会です。「病気になったら行く場所」だった薬局を、「地域の健康データが集まり、予防と治療最適化を支える情報拠点」へと再定義したいと考えています。


―これからの時代、薬剤師や薬局にはどのような役割が求められるでしょうか?

単に処方箋通りに調剤し、薬を渡して服薬アドヒアランスを確認するだけの業務は、ロボットやAI、DXテクノロジーによって代替されていくでしょう。

これからの薬剤師に求められるのは、「薬を服用した結果、患者の状態がどう改善したか(アウトカム)」にまでコミットし、臨床現場で得られた貴重なリアルワールドデータを次の医療発展のためにフィードバックしていく姿勢です。

現場の薬剤師自らが「研究者」や「データサイエンティスト」の視点を持ち、ステークホルダーが求める質の高いデータを現場から発信する。単なる「調剤の作業場」から「地域医療データ・臨床知見の集積拠点」へ――。薬剤師という強力なライセンスをベースに、自分自身で新しい存在価値を自ら創出していく必要があると考えています。


―最後に、薬学生が学生時代にやっておくべきことや、アドバイスをお願いします。

薬学生の皆さんにお伝えしたいアドバイスは2つあります。

1つは「自分だけのリアルな経験(話のネタ・引き出し)」をたくさん作ることです。 教科書を開いて知識を詰め込むだけの勉強にとどまらず、アルバイト、旅、趣味などを通じて、リアルな世界での実体験を貪欲に増やしてください。将来、社会に出て多様な人々と人間関係を築く際、豊かな実体験から生まれる「話のネタ(思考の引き出し)」は強力な武器になります。専門知識の勉強は社会人になってからでも追いつけますが、学生時代の自由な時間を使った一見無駄に見えるような経験が、後にかけがえのない大切な宝物(自分の判断軸)になります。

もう1つは課題にぶつかってもあきらめずに考え続ける姿勢を持つことです。 私の大好きな漫画『スラムダンク』に登場する安西先生の名言通り、「あきらめたら そこで試合終了ですよ…」です。 勝つことを目指すのは大前提です。それでも、勝利が遠く感じられる試合はあります。そんなときも、目の前の1本を決める、相手の攻撃を止める。最後まで、勝つために自分ができることを考え、やり切る姿勢を大切にしてほしいと思います。勝ち負けではなく、姿勢が大切なのです。

人生は長期戦です。一度の成功や失敗で、全てが決まるわけではありません。大切なのは、長い目で見て、自分が幸せだと思える方向へ進んでいるか。そして、そこに近づくための行動を取れているかです。経験を通じて自分なりの判断の軸を育て、その軸を頼りに挑戦する。成功や失敗から学び、また自分の進む方向を微調整する。その繰り返しを大切にしてほしいと思います。


広井 嘉栄(ひろい・かえい)

株式会社ファルモ代表取締役社長。薬剤師。東京理科大学薬学部卒業後、IT企業へ就職。神戸大学医学部附属病院技術員、先端医療振興財団研究員、東京医科歯科大学特任助教等を経て、東北大学にて博士(医学)を取得。研究・IT・薬局臨床を並行して経験し、2012年に株式会社ファルモを創業。東京理科大学薬学部客員研究員も兼任。

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