top of page

社会を捉え、薬学に活かす:日本社会薬学会第44年会が東京理科大学で開催

6 時間前
読了時間: 5分
佐藤氏
佐藤氏

日本社会薬学会第44年会が、2026年9月12日から13日までの2日間にわたり、東京理科大学葛飾キャンパスで開催された。本年会のテーマには「社会を捉え、薬学に活かす」が掲げられ、医薬品の供給不足や若年層による一般用医薬品(OTC医薬品)のオーバードーズ、2040年問題といった現場が直面する現代の社会的事象に、社会科学の方法論を用いてどうアプローチするか議論が交わされた。

  

社会薬学と社会科学の融合

年会長を務める東京理科大学薬学部教授の佐藤嗣道氏は、大会長講演の中で、社会薬学の発展には社会科学の方法論を取り入れた学際的なアプローチが不可欠であると強調した。薬剤師が日頃向き合う医薬品をめぐる諸問題は、単なる薬理作用の範囲にとどまらず、歴史的経緯や組織、人々の関係性といった社会的な文脈の中で捉える必要がある。社会学の視点を取り入れて社会的事象を多角的に観察することが、将来の薬学や薬剤師業務のあり方を考える大きなヒントになると提起された。 

 

「社会学に学び、薬学に活かす」教育セッション

年会では、医療社会学および医薬品の社会学的視点から薬学の実践を見つめ直す、充実した教育セッションが実施された。

熊本大学大学院人文社会科学研究部の中川輝彦氏による医療社会学のセッションでは、医療のあり方を分かりやすく紐解くため、私たちが日常で直面する「病気」という問題に対して社会全体がどのように向き合ってきたのかが解説された。中川氏は、病気を解剖学的・生化学的な人体の内部に位置づけて捉える「生物医学」と、社会的な要因や集合的な営みに関連づけて捉える「社会学」のアプローチを対比させた。  

その中で、中川氏は「医療」を特定の個人だけの体験としてではなく、人々が協力して病気に対処し健康を維持しようとする「集合的な営み」として捉える視点を提示している。集合的な営みが成立する仕組みについて、参加者の多くが自身の役割をわきまえ、そこから大きく外れることなく振る舞うことによって、ある程度安定して成立すると解説された。  

さらに、患者が直面する現実と現代の医療制度の間にあるギャップや、病気が人の人生に与える影響について、次のような深い洞察が示された。  

  • 患者は自身の身体の苦痛だけでなく、生活や人間関係の困難など、切実で複雑な問題を抱えている。  

  • 一方で、医師や薬剤師を中心とした制度的医療が提供できる解決策は技術的・生物医学的なアプローチに偏りがちになるため、両者の間には構造的なズレが生じてしまう。  

  • 私たちは通常、自分の人生を一つの物語として認識し納得しながら生きているが、完全な回復が見込めない病気によってこれまで通りに働けなくなると、人生の筋書きが崩れてしまう「物語の破綻」を経験し深い苦悩に直面する。  

  • その破綻した状態から抜け出すためには、過去の自分への期待や執着を手放し、変化した現実の中でも実現可能な新たな期待へと書き換えていく「物語の再構築」が不可欠であると解説された。


関西学院大学の佐藤哲彦氏による「医薬品の社会学」をテーマにしたセッションでは、合法的な医薬品をめぐる「薬害」と、いわゆる違法な「薬物」という一見異なる二つの事例を取り上げ、医薬品が単なる物質ではなく、人々の経験や社会の仕組みと切り離せない「社会的存在」であるという視点を提示した。薬害に関する議論では、医薬品の被害は単なる身体の健康被害にとどまらず、社会的な差別や人間関係の困難といった社会的困難を伴うことが指摘され、被害者にとって健康被害と社会的困難は切り離して別々に経験されるものではなく一体の苦しみとして経験されるものであると説明された。

また、薬物使用の問題についても、国連の公式統計データを引きながら、薬物使用者の85%以上は依存や問題行動を起こすことなく、ただ使用しているにとどまるという実態が示された。それにもかかわらず、社会的な制度や政策によって犯罪者や病気として扱われることで、本来の成分の作用とは別の次元で深刻な社会的困難を経験することになると指摘された。このように、薬害や薬物使用の問題を成分の薬理作用や医学的な性質だけに還元して捉えるのではなく、被害者や使用者が直面している現実の社会的困難や、それを形作る政策・制度との関係性からその意義を深く問い直すことの重要性が強く強調された。


社会理論・動態研究所の松枝亜希子氏のセッションでは、1960年代に日本で市販されていた向精神薬(マイナートランキライザー)の広告や販売動向が事例として検証された。松枝氏は当時について「1960年代のトランキライザーは、2020年代の抗不安薬に該当するといえるだろう」と述べ、「製薬企業によって『精神のビタミン剤』のように宣伝されていた」と当時の広告の傾向を明かした。当時の製薬企業による「精神のビタミン剤」としての宣伝や生活改善への訴求は、現代で欧米を中心に議論されている向精神薬のエンハンスメント利用に該当するものであり、現代の医薬品問題を検討するうえで、歴史的知見を参照する必要性が示された。

  

今大会では、若手研究者らによるミーティングや企画も新しく開催され、次世代を担う研究者による学際的な取り組みへの期待が寄せられた。また、OTC医薬品等の乱用問題や地域フォーミュラリーに関するシンポジウムなども行われ、参加した学生や薬剤師にとって、臨床や地域医療における実践的な学びと今後の方向性を考える有意義な機会となった。 

コメント


この投稿へのコメントは利用できなくなりました。詳細はサイト所有者にお問い合わせください。
bottom of page