産官学が描く2035年の日本型医療モデルの実装
- toso132
- 4月30日
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2026年4月23日、東京ビッグサイトで開催された「CPHI Japan 2026」の基調講演は、日本製薬工業協会(製薬協)の企画協力により、かつてない熱量の中で行われた。少子高齢化と人口減少という「静かなる有事」に対し、医療DXがいかにして持続可能な日本型医療モデルを構築するのか。登壇者たちの言葉からは、技術論を超えた「社会変革」への強い意志が読み取れた。
現場・技術・行政:それぞれのフロントラインからの提言
医療現場におけるDXの実装と働き方の抜本的改革
社会医療法人財団董仙会 恵寿総合病院 理事長(公益社団法人全日本病院協会会長)
神野正博氏
神野正博氏は、能登半島地震の際にも機能した自院のデジタル基盤を背景に、現場を救うためのDXの在り方を論じた。同院では、PHSを全廃してスマートフォンに一本化し、チャットによるリアルタイムな多職種連携を実現している。特筆すべきは、客観的な数値データに基づく改善だ。神野氏は、毎年実施しているタイムスタディのデータを示し、かつて深夜まで及んでいた看護師の「記録業務」が、AIによる文章作成支援とバイタルデータの自動転送により、夕方5時半の時点でほぼゼロにまで削減された実態を報告した。神野氏は「医療従事者をPCの前から、患者のベッドサイドへ取り戻すことこそがDXの真髄である」と断言した。また、患者自身がスマホで検査データや画像を確認できる「患者参加型医療」の実現が、医療の透明性を高め、地域の信頼基盤となっていることを強調した。
2035年に向けたAIファースト・ホスピタルの構想
日本アイ・ビー・エム株式会社 ヘルスケア・ライフサイエンスサービス 理事・パートナー 先崎心智氏
先崎心智氏は、世界的な「医療従事者の燃え尽き(バーンアウト)」を解消するための、2035年に向けたテクノロジー・ロードマップを提示した。先崎氏が提唱する「AIファースト・ホスピタル」では、AIは単なる補助ツールではなく、病院経営と診療のOS(基盤)となる。 この構想では、患者が来院する前の段階で、AIが過去のデータと現在の症状から緊急度を判断する「プレ・トリアージ」が行われる。受診時には、AIが診療録から疾患候補をスクリーニングし、最適な治療法や臨床試験(治験)の選択肢を医師にリアルタイムで提案する。先崎氏は、医療の起点が「病院での治療」から「日常の予測・予防」へとシフトし、これまで独立していた診療データと創薬データがシームレスに融合することで、患者一人ひとりに最適化された個別化医療(パーソナライズド・ケア)が完成すると予測した。
医療安全保障としてのデジタル基盤とサイバーセキュリティ
デジタル大臣
松本尚氏(ビデオメッセージ)
松本尚氏は、医師としての背景も交えつつ、医療DXを支えるインフラ整備と国家安全保障の観点から語った。松本氏は、マイナンバーカードと健康保険証の一体化(マイナ保険証)を「医療DXの入り口」と位置づけ、その保有率が人口の8割を超えたことで、全国どこでも最適な医療情報にアクセスできる土壌が整ったと述べた。しかし、システムが高度化するほど、サイバー攻撃のリスクは増大する。松本氏は、医療機関を「重要インフラ」として再定義し、攻撃から守り抜くための法的・財政的支援の枠組みを厚生労働省と連携して構築中であることを明かした。さらに、医療従事者一人ひとりが、パスワード管理や不審なメールの排除を「手洗いやうがいと同じ衛生管理」として捉える「サイバーハイジーン(衛生管理)」の概念を提唱し、現場の末端まで浸透させることの重要性を強く訴えた。
パネルディスカッション:日本型モデルの実現に向けた産官学の対話
モデレーターの沼田佳之氏(Monthlyミクス編集長)の進行により、製薬協会長の宮柱明日香氏が加わり、より踏み込んだ討論が行われた。
産業界の視点:ドラッグ・ロス解消とデータ利活用
宮柱氏は、日本の創薬イノベーション・エコシステムが危機的状況にあることを指摘した。特に、海外で承認された革新的な薬が日本で発売されない「ドラッグ・ロス」の現状を打開するためには、臨床現場のリアルワールドデータを標準化し、安全かつ迅速に研究開発へフィードバックできる環境が不可欠であるとの認識を示した。製薬業界としても、単に「高品質な薬を届ける」だけでなく、デジタルを通じて「診断から予後までを支えるソリューション・プロバイダー」へと変革する決意を語った。
現場実装の壁を突破する「トップの覚悟」
ディスカッションでは、なぜDXが進まない医療機関があるのかという問いに対し、神野氏は「システムを入れることが目的になっている」と指摘した。「職員が早く帰れる、ミスが減る、患者に喜ばれる」といった成功体験をトップが示し、現場を巻き込むことの重要性が語られた。先崎氏も、日本の技術力は世界トップレベルにあると評価したうえで、古い慣習や「紙」を前提とした制度運用を、デジタル前提へと書き換える「制度のDX」が必要であると応じた。
安全保障とデータ利活用の両立
松本大臣が提起したセキュリティ問題を受け、パネリスト陣からは「データの利活用と保護は車の両輪である」との意見が相次いだ。サイバー攻撃によって診療が停止すれば命に関わるため、セキュリティ投資は単なるコストではなく、国民の命を守るための「安全保障上の必要経費」として社会全体で許容すべきだという合意形成がなされた。
日本型医療モデルの未来へ
セッションの締めくくりとして、宮柱氏は医療DXの未来を以下のように総括した。
「医療DXの実装を加速させるためには、技術や個別の課題解決にとどまらず、制度、現場、そして国民の理解をセットで進める必要がある。標準化やデータ利活用によって、産業界の競争力、現場の効率性、そして患者さんの不安解消が同時に達成される。これらは相互に関連しており、もはや一つの主体だけで解決できるものではない。共通の課題意識を持ち、各主体が役割を持ち寄って『実装を見据えた連携』をすることこそが、2035年、日本が世界に誇る医療モデルを提示するための唯一の道である」



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