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第27回年会・薬学生の集い 特別講演「生きること、働くこと、伝えること 〜がんと闘う薬剤師」

  • toso132
  • 4 時間前
  • 読了時間: 4分

2026年3月14日から15日にかけて、日本薬学生連盟主催の「第27回年会・薬学生の集い」が開催された。本大会では、スギホールディングス株式会社に在職し、現在はステージ4の小腸がんと向き合いながら活動を続ける薬剤師・野村洋介氏が登壇した。野村氏は「生きること、働くこと、伝えること 〜がんと闘う薬剤師の話」というテーマで、自身の歩みと闘病中の生々しい対話を交え、次世代の薬剤師へ向けた熱いメッセージを伝えた。


薬剤師としての歩みと、予期せぬ「がん」との遭遇

野村氏は昭和薬科大学を卒業後、2006年にチェーン薬局に入社した。現場での経験を積んだ後、管理薬剤師やブロック長を歴任。臨床業務の傍ら、糖尿病療養支援の講師活動にも尽力した。さらに、2021年には帝京大学大学院にて公衆衛生学修士(MPH)を取得するなど、薬剤師としての専門性を常に磨き続けてきた。

現在はスギホールディングスに在職しながら日本保険薬局協会へ出向し、業界全体の発展に寄与している。しかし、充実したキャリアの途上にあった2023年8月、42歳のときにお盆休みの韓国旅行中に突如として激しいみぞおちの痛みに襲われた。帰国後の精密検査の結果、10万人に0.25人という極めて稀な「ステージ4の小腸がん」であるとの宣告を受けた。すでに直腸や11カ所のリンパ節への転移も認められ、2度の手術と過酷な化学療法を余儀なくされることとなった。


野村氏
野村氏

患者となって気づかされた「言葉の持つ力」

35日間に及ぶ入院生活は、医療者としての野村氏の価値観を根本から覆すものだった。手術後の合併症による再手術の不安にさいなまれていた際、レントゲン待ちの廊下で出会った80代の胃がん患者の男性との間に、忘れられない対話があった。

「どうしたんだ。元気ないな」と声をかけてきたその男性に対し、野村氏が「明日また手術なんです」と沈んだ声で返すと、男性は力強くこう語ったという。 「がんは治療や薬が治すのではない。治すのは自分なんだ」 この言葉に触れたとき、野村氏は薬剤師という専門職でありながら、「誰かに治してもらいたい」という依存心に支配されていた自分に気づかされた。さらに男性は「あなたは凛々しい顔をしてるから大丈夫だ」と、根拠のない、しかし揺るぎない励ましをくれた。野村氏は「その言葉を聞いて、涙が出るほど勇気をもらった。エビデンスも何もない言葉が、これほどまでに人を救うのか」と、言葉の持つ力を痛感した経験を振り返った。

また、入院手続きの際に一人になった瞬間、理由もなく蛇口をひねったかのように涙があふれ止まらなくなった。その際、「患者の気持ちはこれほどまでにもろいものか」と身をもって知り、これまで自分は医療者として本当に患者の心に寄り添えていただろうかと深く反省したという。


未来の薬剤師へおくる三つのメッセージ

野村氏は、自身の経験から導き出した三つのメッセージを薬学生たちにおくった。

第一に「何年生きたかよりも、どう生きたか」という視点である。野村氏が2024年に出会った22歳の若きがんサバイバーは、再発を繰り返し「あと数カ月の命」と言われる過酷な状況下にあっても、最期までハローワークへ通い、社会とのつながりを求め続けた。野村氏は「彼は最期まで自分らしく生きようとした。その姿に、命の長さではなく、どう意志を持って生きるかの尊さを教わった」と語った。

第二に「ほとんどの失敗と挫折はかすり傷」という考えである。死を目前に意識することで、それまで縛られていたプライドや職位といった価値観が一変した。「死ぬことに比べれば、今の悩みや失敗など大したことではない。自分に何ができるかを純粋に追求してほしい」と述べ、学生たちに対し、失敗を恐れて挑戦を止めるのではなく、勇気を持って一歩を踏み出してほしいとエールを送った。

第三に「病気をした人にしか見えない景色がある」という伝えることの使命である。がん告知直後、絶望の中で恩師である京都大学大学院特任教授の岡田浩氏に電話をした際、岡田氏は「野村君、謝る必要はない。あなたにしか見えない世界があり、それを次世代に伝えることが役目ではないか」と背中を押した。この言葉を契機に、野村氏は自身の体験を発信し続ける決意をした。


社会全体で創るがん医療の未来に向けて

野村氏は、がんが慢性疾患に近い特徴を持ちつつある現代において、生物学的な治療(バイオ)だけでなく、心理的(サイコ)側面や社会的(ソーシャル)側面を支える「バイオサイコソーシャルモデル」の重要性を指摘した。

「抗がん薬治療の奏効率が10〜20%という厳しい現実の中で、薬では成し得ないケアを医療者が担う必要がある。患者の心の脆さを理解し、寄り添うことができる薬剤師になってほしい」という野村氏の願いは、これから臨床の海へ漕ぎ出す学生たちの心に深く刻まれた。野村氏は現在、和歌山県立医科大学大学院(博士課程)に進学し、がん患者に対する薬剤師のコミュニケーションに関する研究に取り組んでいる。自らの経験を学術的に昇華させ、患者中心の医療を実現するために、今もなお歩みを止めていない。

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