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【薬局四方山話】医療用医薬品の保険給付に関する議論

  • toso132
  • 2 時間前
  • 読了時間: 5分

薬事政策研究所 田代健


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自民党と日本維新の会(以下「維新」)による新政権が発足した。維新は閣外協力の条件の一つに社会保障改革を掲げており、薬局業界ではそのうち「OTC類似薬の保険給付からの除外」が注目されている。ここではこの政策の土台の部分を簡単に整理し、今後の状況をつかむための一助としたい。


1. 医療費の問題

維新は、現役世代の手取りが増えない原因として、給料から天引きされる社会保険料の増加を挙げており、国民医療費を年間4兆円節約すれば天引き額を一人あたり年間6万円減らせると主張している(BOX)

その節約のための主な政策の中に「医療用医薬品の保険給付の見直し(OTC類似薬の保険給付の除外により3500億円削減)」というものがある(*1)。


2. 保険給付の範囲と処方権との関係

猪瀬直樹氏が公開した具体的な品目のリストを見ると(*2)、例えば抗アレルギー薬のロラタジンが含まれている(2025年10月現在で後発品の薬価は10mgで14.8円)。一方、その活性代謝産物であるデスロラタジン(デザレックス®)は処方箋医薬品で、リストに含まれていない(こちらの薬価は5mg錠で38.7円)。今までロラタジンを処方していた医師は、保険を使った処方ができなくなるのであればデスロラタジンに切り替えるのではないだろうか。医師が保険給付とセットの処方権を守ろうとすれば、処方箋医薬品を処方するインセンティブが作用し、薬剤費はむしろ増加するだろう。それを回避するには、抗アレルギー薬全体で処方権と保険給付を揃え、医師の裁量の余地をなくすような制度設計が必要だ。


3. OTCへの処方権の拡大

「保険給付から外す」のとよく似た方法として「保険給付率を0%に引き下げる」という仕組みが考えられる。この場合、医師は従来通り処方することができるし、公費と併用することもできる。しかし2002年の医療保険法改正の際に「将来に亘って保険給付率は7割を維持すること」という条件(*3)が付言され、自己負担率は3割を超えられなくなっている。新政権がこの見直しに踏み込むことができるかどうかは注目ポイントだと筆者は考える。

他に、選定療養制度を使う方法も考えられる。この場合はあくまでも「患者の意思による選択」が前提となるため、「OTC類似薬を処方すること」について患者のなんらかの意思決定を条件とすることで保険給付から外すという方法を捻り出すかもしれない。

国内には「医療機関は存在するが薬局は存在しない」という地域がある。この場合、上記の「保険給付0%」あるいは「選定療養」であれば従来通り院内処方で対応できるが、保険給付から外すのであれば、医療機関がOTCを販売できるような例外規定を設けざるを得ないだろう。このような規定を一度導入すれば、際限なく拡大解釈され、医療機関が「医師推奨のOTC」を自由に販売するようになるのではないかと筆者は危惧する。


4. 「医療費」を抑えればよいのか?

維新は社会保険料について「現役世代から高齢者への仕送り」と表現するが、健康な後期高齢者や病気と闘っている現役世代を考慮に入れれば、「薬を使っている人」から「薬を使っていない人(及び法人や政府)」への「仕送り」に他ならない(高齢者の自己負担率の引き上げも同様)。これは社会的な弱者の生存権に直結する問題であり、ポピュリズム的な空気感で判断するのではなく

・「限られた予算をどのように配分したいか?」という目標の妥当性

・「実際にどのように配分されたか」という評価

の2点を厳密に確認する必要があると筆者は考える。


5. 最後に

現状では、「薬剤師の専門性」は製薬会社のマーケティングよりも優先順位が低い。OTCとして販売できる製品を実際に薬剤師が販売できるかできないかは、「製薬会社がどこの棚で売りたいか」という判断によって決まる。保険給付は財政的には重要な問題だが、薬学の観点からは、OTC類似薬の議論は「医薬品の分類と薬剤師の現在の仕事ぶりとの見直しの必要性」を示唆しているのではないかと筆者は考える。


*1 社会保険料を下げる改革提言

*2 4月17日の社会保障下げる(医療費削減)のための自公維3党協議に提出した資料を解説付きで公開します。

*3 厚生労働省「健康保険法等の一部を改正する法律案の概要」


BOX

〜データを吟味しよう〜

薬学生の皆さんには、公表された数字を鵜呑みにせず、自分自身で確認してみる習慣を身につけてもらいたい。特に臨床的なデータについて、その習慣が目の前の患者を守ることにつながるかもしれないからだ。健康食品のデータなども批判的に吟味してみる練習を積むことをお勧めしたい。

例えば、筆者は維新の「4兆円節約して年間6万円」という試算は過大だと考える。

国民医療費の財源の内訳は

公費(税金から補填)

37.5%

事業主が負担する保険料(サラリーマンを雇っている会社が負担する保険料)

22.0%

被保険者の負担分(給与明細書で天引きされている部分)

28.2%

患者負担(患者が窓口で支払う分)

11.8%

となっている(*)。

維新は被保険者として現役世代だけの6400万人という数字を使い、国民医療費の支出全額について

節約額4兆円÷現役世代(被保険者)6400万人≒6万円

と計算しているが、支出を4兆円節約した場合にサラリーマンの天引き分の減少額は

4兆円×被保険者の負担分0.282≒1.2兆円

にとどまる。また、

後期高齢者1800万人も社会保険料を負担しているので8200万人(社会保険料を負担している全ての人(現役世代6400万人+後期高齢者1800万人))で均等に割ると、

1.2兆円÷8200万人≒1.5万円

となる。つまり、一人当たりの手取りの増加は年間1.5万円程度となる(残りの4万5000円分は、政府や企業の増収となる)。もちろん、この筆者の計算も鵜呑みにせず、自分自身で考えよう。

なお、維新が「現役世代からの仕送り」を減らすと主張したいのであれば、具体的には後期高齢者医療保険における「後期高齢者支援金」がまさにそれで、目立たないながらも以前から見直しはされている。

 

* 国民医療費の概況


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