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心不全パンデミックに立ち向かう、薬局薬剤師の新たな挑戦

一般社団法人日本心不全薬学共創機構 代表理事/薬剤師・博士(薬学)

漆畑俊哉


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「昨日まで元気だった患者さんの命を救えたかもしれない」。その悔恨の念が、薬剤師を心疾患ケアの最前線へと駆り立てた。心不全患者は増加の一途をたどり、医療資源の逼迫が懸念される今、薬局薬剤師への期待は高まっている。ここでは、日本心不全薬学共創機構代表理事の漆畑俊哉さんに、心不全・心疾患を取り巻く環境や薬剤師の役割などについて話を聞いた。


―現在、心疾患を取り巻く環境はどのような状況なのでしょうか?

かつて、心不全で亡くなった患者さんを担当した経験が、私が心疾患に深く関わるきっかけとなりました。昨日まで元気に過ごされていた方の心不全の兆候をもし見逃していなければ、このような事態にはならなかったかもしれないという思いが、私の心に深く刻まれています。

近年、心不全をはじめとする心疾患は、患者数が増加の一途を辿っており、死亡原因においても悪性新生物に次ぐ僅差の第2位を占めています。特に心不全は、脳血管疾患に匹敵するほどの死亡者数を記録しています。さらに、心不全患者の再入院率は高く、退院後6カ月以内で27%、1年後には35%に達するという報告もあり(図1)、2040年頃に予測される医療・福祉分野における深刻な人材不足と相まって、医療資源の逼迫が故に心不全患者への適切な対応が困難になる可能性も懸念されています。2025年には「日本心不全ガイドライン」が改訂され、心不全リスクの新たな危険因子として慢性腎臓病(CKD)が加えられました。また、がん治療の進歩に伴いがんサバイバーが増加していますが、抗がん薬による心筋障害、ひいては心不全のリスクも指摘されており、心疾患患者の増加要因の一つとなる可能性があります。このような状況は、まさに「心不全パンデミック」の到来を予見させるものであり、もはや社会的な課題と言わざるを得ません。


図1 心不全・心疾患を取り巻く環境
図1 心不全・心疾患を取り巻く環境

―そのような状況の中で、薬剤師にはどのような役割が期待されているのでしょうか?

薬剤師には、大きく分けて2つの重要な役割が期待されています。1つは、心疾患を発症した患者さんの重症化、再入院を防ぐことです。心不全の再入院は、患者さん側の治療薬の不適切な服用や、塩分・水分制限の不徹底といった要因が課題となっています。薬剤師が、患者さん一人ひとりに合わせた丁寧な服薬指導や、生活に即した具体的なアドバイス、そして継続的なフォローアップを行うことで、患者さんが治療計画をしっかりと遵守し、重症化、ひいては再入院のリスクを低減させることが期待されます。

もう1つは、心不全の発症そのものを防ぐ予防や、再発防止への関わりです。まだ心不全を発症していない方々が心不全にならないように、薬局が未病の段階から予防やセルフケアの方法を日々の服薬指導に取り入れ、また再発懸念の患者さんにとっても身近で頼りになる存在となることが強く望まれています。

特に循環器内科の専門医からは、「服薬後のモニタリング情報を適宜フィードバックしてほしい。そうすれば、次回の診察に必ず生かせる」という力強い言葉をいただいています。

このような背景を踏まえ、全国に約6万軒存在する医療資源としての薬局と、その中核を担う薬剤師の専門性を最大限に生かすことで、心不全をはじめとする心疾患の発症および増悪を薬学的な介入によって抑制することが可能であると考え、2024年12月、薬学的ケア・フォローアップの充実、そして多職種・多領域との連携を促進するための包括的な活動基盤として、日本心不全薬学共創機構を発足させるに至りました。


―現状、薬剤師や薬局は心疾患患者さんに対するケアを積極的に行っているのでしょうか?

現状では、薬剤師や薬局が心疾患患者さんに対して積極的にケアを行っているとは必ずしも言い難い状況です。多くの場合、処方箋に基づいて薬剤を調剤し、その服用方法や注意点などを説明するという、いわゆる「薬の説明」に留まっており、患者さんの服薬期間中の状態変化や、薬剤の効果などを継続的に把握し、それに基づいてきめ細やかな対応を行うという体制は十分とは言えません。心不全パンデミックが目前に迫る中、2021年に日本循環器学会が心不全療養指導士の認定制度をスタートさせましたが、その資格を取得している薬剤師の多くは病院勤務であり、薬局における取得はまだ少数に留まっています。また、がんや糖尿病などの疾患に比べ、循環器系の疾患に関する継続的な研修の機会も少ないのが現状です。


―漆畑さんは心疾患患者に対してどのようなケアをされていますか?

私が実際に行っているケアの一例として、まず、循環器科を受診していない患者さんに対して、足のむくみや息切れ、倦怠感といった症状から心不全の可能性を示唆し、適切な医療機関への受診を勧めることがあります。また、心不全で入院された患者さんに対しては、単に薬の飲み方を説明するだけでなく、運動療法や食事療法といった退院後の生活習慣に関する具体的なアドバイスも行い、主治医と緊密に連携しながら、再入院の予防に努めています。さらに、携帯型心電計を活用し、患者さんの日々の心臓の状態をモニタリングしながら、そのデータに基づいたより個別化された服薬指導に役立てるという試みも積極的に行っています。

社会保障費の増大に大きな影響を与える心不全に対し、薬剤師が、心電図を簡便に計測できる機器や、バイタルデータを継続的に管理できるPHR(Personal Health Record)をはじめとするICT(情報通信技術)を積極的に活用することで、患者さん一人ひとりに合わせた適正な服薬指導や、生活習慣改善のためのきめ細やかなサポートを効率的に実施できると考えます(図2)。例えば、携帯型心電計を使い、患者さんご自身が自宅などの日常生活空間で簡便に心電図を測定し、そのデータをPHRアプリを通じて、患者さんと薬局側とが共有しケアやフォローに活用するといった具合です。これにより、患者さんのわずかな変化や異常を早期に把握することが可能となり、医師への迅速な情報提供や、よりタイムリーで個別化された服薬指導に役立てるのです。ただし、心電図データを適切に活用するには、医師と連携した薬剤師の専門的なサポートが不可欠です。


図2 ICT(心電図とPHR、その他計測デバイス)による多職種・地域連携のイメージ
図2 ICT(心電図とPHR、その他計測デバイス)による多職種・地域連携のイメージ

―薬剤師のスキルアップが欠かせないですね。

その通りです。薬剤師のスキルアップは、心疾患患者さんへのより質の高いケア提供と、地域医療への貢献を実現するための重要な鍵となります。当機構では、心疾患薬学ケアの構築とフォローアップの実践、人材育成と能力評価、ステークホルダーとの連携とICT基盤の整備、薬局機能の拡充と地域医療支援の統合的展開という4つの柱を中心に活動を展開しています。

具体的には、最新の知識や実践的なスキルを習得するための、eラーニングを含めた勉強会や研修会、専門家によるセミナーなどを開催し、携帯型心電計やPHRなどのICTツールを活用した患者さんの状態把握や服薬アドヒアランス向上を支援する仕組みを構築します。また、基礎から応用、最新動向までを網羅した研修プログラムを提供し薬剤師の専門性を高め、一定の知識やスキルを持つ薬剤師を認定する制度を検討することで質の高いケアの提供を担保します。さらに、製薬企業、医療機器メーカー、教育・研究機関や専門職などと連携し、患者さん中心の包括的な医療・ケアモデルを構築するほか、ICTの積極活用を推進します。そして、地域住民への健康相談やセミナーなどを開催し心疾患予防や生活習慣改善を支援するとともに、在宅医療や看取りへの参画を推進し地域包括ケアシステムの一員として貢献し、活動を通じて得られた成果や課題に基づき心疾患対策や薬局の機能拡充に関する政策提言を行います。


―最後に薬学生へのメッセージをお願いします。

これからの薬剤師には、単に医師の処方箋に基づいて調剤を行うだけでなく、患者さんの服薬後の状態を継続的に把握し、その情報に基づいてより個別化されたアドバイスや情報提供を行うスキルが不可欠となります。AIなどの先進技術を積極的に活用しながら、患者さんにとって身近で、いつでも頼れる存在となることが強く期待されます。

それぞれの地域で、皆さんが思い描く薬剤師の理想の姿や、社会に貢献できる具体的なアイデアを共有し、共に語り合い、行動することで、現状は必ず変革できると信じています。ぜひ、皆さんが考えていること、感じていることを私たちに教えてください。そして、共に手を取り合い、一歩ずつ前進していきましょう。皆さんの若い力と柔軟な発想こそが、これからの薬剤師の未来を切り拓く原動力となると確信しています。


漆畑俊哉(うるしばた・しゅんすけ)

2006年、東京薬科大学薬学部卒業。2011年、東京薬科大学大学院修了。神奈川県内に展開した地場薬局勤務を経て、2013年になかいまち薬局(神奈川県中井町)を開設。現在、神奈川県西地域において4店舗を展開。2024年12月、薬局における心不全療養の課題に対して一般社団法人日本心不全薬学共創機構を設立し、代表理事に就任。薬剤師・博士(薬学)。株式会社なかいまち薬局代表取締役社長。





日本心不全薬学共創機構の入会申込はサイトより受付 https://jpchf.or.jp/recruit.html


会員向けに地域における心不全療養モデルについての勉強会や薬物療法の中で必要な知識や技能についてさまざまな研修会を開催する予定。https://jpchf.or.jp/index.html

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