【スタートアップ】薬剤師の枠を超え、地域医療を多角的に展開
- toso132
- 5月7日
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株式会社ObenTEN
あいくる薬局戸山大久保店
代表取締役社長・薬剤師 宮永優馬

東京都新宿区で今年2月に2店舗目の薬局を開局した宮永優馬さんが薬剤師を志したのは中学生の頃だった。「母が乳がんで抗がん剤治療を受けている姿を見たことがきっかけでした。教師を目指していた時期もありましたが、母から薬剤師という安定した職業を勧められたことも影響しました」と当時を振り返る。しかし、薬剤師の道を決めた後も宮永さんの葛藤は続き、教師になりたいと親を説得したこともあったという。最終的には、自分で決めた道だから卒業だけはしようと薬剤師の資格を取得した。
大学時代は、アルバイトに明け暮れる日々だったという。飲食店や塾、ホテルのウェイターなどさまざまなアルバイトを経験した。授業は出ていたが、テストの成績は芳しくなく、常に留年の危機と隣り合わせだった。そんな中、2年生の時に友人とのタイ旅行が大きな転機となる。バックパッカーとして1カ月間タイを旅した経験は、宮永さんの価値観を大きく変え、さまざまな挑戦をするきっかけとなった。
将来はMR(医薬品情報担当者)になって日本の医療に貢献しようと考えていたが、面接を受ける学生との価値観の違いに違和感を覚え、最終的に福岡のドラッグストアに就職した。「たまたま参加したドラッグストアのインターンで、ドラッグストアの社長の考え方に感銘を受け、ドラッグストアを選びました」と宮永さんは理由を説明する。就職先のドラッグストアでは、医薬品販売や店舗運営、採用などさまざまな業務を経験した。また、1年目にはアメリカ研修に参加し、アメリカの医療制度やドラッグストアや病院、他業種の小売店などを視察したことが、独立への意識を高めるきっかけとなった。
アメリカ研修後、宮永さんは「自分の柱を持ちたい、趣味の写真を仕事にしたい」という思いから、ドラッグストアを退職し、フリーランス薬剤師という働き方を選び、それと並行してカメラマンとしても活動を始めた。土曜日と日曜日は福岡で撮影の仕事をし、その日の夜に大分経由で愛媛に移動。愛媛の薬局で水曜日まで働いて、木曜日と金曜日は東京で撮影といった生活を送っていたという。独立後半年ほどで、埼玉の薬局経営者から声がかかり、薬局薬剤師として働きながら、振袖スタジオのカメラマンを兼務した。その後、同じ薬局経営者から独立の誘いを受け、2023年2月に埼玉県ふじみ野市に「アイ薬局」をオープンした。「ゆくゆくは薬局を開業したいと社長に話していたところ、独立の案件を紹介され、この案件を逃したら次はないと思い、開業することを決意しました」と話す。
現在は、薬局2店舗の他、訪問看護ステーション、居宅介護支援事業所、レンタルスペースも経営している。薬局事業以外にも、訪問看護や介護事業に参入することで、地域医療に貢献したいという思いがあったという。「訪問在宅をする中で、訪問看護師と連携することで自身を成長させることができました。薬局と同じ法人で訪問看護をしたほうがシームレスな医療が提供できるのではないかと思い、開業してから半年後に訪問看護事業を立ち上げました」と宮永さんは説明する。また、レンタルスペースでは、患者の食生活改善に貢献したいという思いから始めた。「飲食店の営業許可を取っているので、将来的にはお弁当やお惣菜を患者に提供したいですね」と宮永さん。
今後は、3店舗目の薬局を出店する予定だという。宮永さんは「3店舗目が軌道に乗ったら、訪問看護ステーションの近隣に薬局を構え、訪問看護師と連携して地域医療に貢献したいと思います」と意気込む。また、将来的にはサービス付き高齢者向け住宅の運営も視野に入れているという。
学生へのメッセージとして、宮永さんは「いつもと違うことをする」ことを挙げる。「大きなチャレンジをすることは勇気がいること。例えば、帰り道を変える、違うものを注文する、といったように小さなチャレンジを積み重ねて、チャレンジすることに慣れることを学生時代から心がけていました。皆さんも普段から意識してみてください」と話してくれた。
取材後記
宮永さんの決断力と推進力には驚かされました。これまでの道のりの話の中で「決断の速さ」が印象的でした。薬局事業のみならずさまざまな事業展開をしており、今後もとても楽しみです。(薬学ステップ 寺本)


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